うらきょっ! ばぁじょんクロ そのにっ |
| 「貴女は、とうの昔に生命を落とした、死人です。本来ならば、現世に有ってはならない存在です‥‥そして」 あたし達の前に突如現われ、あまつさえこのあたしの顔面に跳び蹴りを食らわせてくれた少女は、そんなことを言ってきた。 ――発言の内容よりも、彼女の格好の方があたしにとっては衝撃的だった。セーラー服に襟とか袖とか関節とかに磨き抜かれた金属製の甲冑、らしきものが付いてる。何より腰には日本刀まがいな得物を挿している。 セーラー服は別に良い。本家・美沙樹だったら「セーラー服と言えば、全国数十万人のキモヲタどもが条件反射で勃起するハザードレベル100以上のプレシャスじゃないか! うおおおおっ、萌えぇぇぇぇぇっ!」とか言って大騒ぎするのだろうが、分家のあたしには興味ない(謎)。 それよりも、甲冑と日本刀である。 見も蓋もなく言うが、銃刀法違反っていうんじゃないのか、それ? 「貴女は、憑かれてます。この、死人に」 そんなあたしの思いをよそに、話は進んでいくようだった。薫子を見つめつつ、びし、とあたしに指を突き付け、セーラー服銃刀法違反娘はそんな風に言ってから。 「でも安心して下さい。この私が、貴女を解放して差し上げます‥‥この化け物から」 物騒なそのなりからは信じられないような優しい笑顔を薫子に浮かべて、あたしの方に向き直った。その時には、もう日本人形のように無表情になっていたけど。 化け物呼ばわりに内心激しく動揺しながら、それでも何とか立っていられたのは――何だか危なそうなこの娘から、薫子を護らなければと思ったからだった。 「どうやら貴女自身、自らの死に心当たりがあるようですね? 存在が、さらに不安定になってきてますよ」 幸いにも、店内に客は少なかった。これならあたしも、思う存分に戦うことができる。薫子を護りながら、というハンデはあるものの、相手は小さな身体なんだし、地の利もある。ここは馴染みの喫茶店、どこに何があるのか、あたしには手に取るように分かっているのだ。 とはいえここは喫茶店。武器になりそうなものは――。 「どうしました? 先程から黙ってしまって。そんなに、私のことが怖いですか?」 セーラー服銃刀法違反娘‥‥だと面倒なので、ここでは日本人形のようなその顔立ちから、仮にヒナ人形を縮めた「ヒナ」と呼ぶことにしよう。ヒナは、無表情を顔に張り付けたままで、あたしの方へと歩み寄って来る。あたしが素手ということもあってか、腰の得物を抜く気は無いようである。その油断が命取りとなることを、彼女はまだ知らない。 「震えているのですね。無理もありません、貴女はこれから、本来あるべき形――死ぬことになるのですから。今度こそ本当に、後欠片も残さずに。貴女はこの世界から、完全に消滅するんです」 不意に彼女が右手を上げた。何か光ってる。‥‥ちょっと待て、この展開ってまさか―― 咄嗟にあたしは動いていた。生存本能に衝き動かされるようにして、真横へと。受身のことまで考えている余裕は無かった。 「な、なんだこれ!?」 転がりながらあたしは叫ぶ。首筋を青い光が掠めて行った。熱は感じない。どちらかと言えば、氷のように冷たかった。 ‥‥つかさ。なんだ、この非現実的なノリは? 「あんたのような頭イカれた格好したのはね、晴海埠頭当たりでキモオタどもの●●●でも●●させてりゃいいんだよ! それを人間社会で現実逃避せず、必死になって頑張ってる真人間に、漫画のノリて迷惑かけんじゃねえ、このコスプレ娘!」 「‥‥何を言っているのか良く分かりませんが、侮辱されたことは理解しました」 耳なりのような音が響いた。それが、ヒナの周りの空気が震えているためであるのが分かる。それに、ヒナの身体からは中で何かが光っていて、その光が身体の外に漏れ出ているように見える。青白くて冷たい、さっきの光線もどきと同じような光だ。 ちらと後ろを見てみると。無惨に破壊された店内には、テーブルや椅子の残骸が幾つも転がっていた。そして床には焼け焦げたような黒い痕がある。 あれをまともに喰らったらどうなっていたかは、想像に難くない。 「おい、いきなり人の顔に靴痕残して、おまけに怪光線で攻撃してくるなんざ一体どういう了見だ! おまけにあたしが死んでるとか言うし、薫子脅えさせたりするし。何考えてんのか分かんねえけど、とりあえず頭の弱え奴が通う病院に行くことを勧めんぜマジで」 壊れたテーブルの足を杖みたいにして、あたしは何とか、再度身を起こす。戦う武器は、ある。ただ、この狭い店内で、もう一度あの光線をかわせる自信は無かった。いや、最初の一撃をかわせたのだって奇跡に近いんだ。一発でも喰らえば一溜まりも無いだろうし、恐らくそれであたしの勝機は零になる。 ――なら、撃たせなければ良い。 「死に損ないにキ●ガイ呼ばわりされる謂れはありません。前言撤回を要求します」 あ、怒った。まじいな。キレて変なことしなきゃ良いけど。 などと考えながら、あたしは薫子の方に目を遣った。彼女は心配そうな表情であたしを見つめている。良かった、無事なようだ。 確認し、あたしは手中に「武器」を収める。後は近づくだけだが、さてどうするか。 「さっきからあたしのこと死んでる死んでるって言いやがるけど、てめえ、一体何を根拠に言ってる? あたしは生きてる人間だぜ? 五体満足に動くし、毎日快眠快食、健康そのものだからな」 まずは会話で隙を作ろうと、ヒナに訊いてみる。実際気になっているのも確かだ。 ヒナの脳波数がどれだけ電波でも、何の根拠も無しに襲いかかって来たりはしないだろう。 「貴女みたいな方が、稀に生まれるんです」 整った顔立ちに、例の日本人形のような無表情を張り付かせたまま、ヒナは淡々と告げる。 「確かに死んでいるにもかかわらず、肉体も魂も消滅せず生き続ける。けれど、そういう者の存在は酷く不安定なんです。生者にして亡者。私達はそんな存在を『半欠け』と呼んでいます」 『「半欠け』ぇ? ふざけんな、あたしがその『半欠け』だって証拠でも――」 「影が無い」 瞬間、あたしは身震いした。 感情の籠もらないヒナの目は、あたしの目を射貫き、さらに魂まで射貫いているように感じられる。そしてゆっくりと持ち上げられた右手の人差し指が、あたしの足下へと向けられていた。彼女が何を指しているのか、何を根拠にあたしを死人だと決め付けたのか。 全ての答えは、あたしの足下にあるのだと言外に告げて。 「『半欠け』には、影がない。‥‥私の言葉を、痴者の妄言と思うなら見てごらんなさい。ご自身の、足元を」 「は、ハッ! そんなこと言って、あたしの気を逸らして攻撃するつもりだろ! その手には乗らねえよ!」 「誤解なきよう。そんな手の込んだことをしなくても、私は貴女を簡単に消滅させることができる。たった今、この瞬間にも」 無表情に、淡々と告げるヒナ。 「認めたくない気持ちは分かります。死者は、自分が死んでいることを認められないものです。しかし、事実は受け入れないといけない。さあご覧なさい、そして受け入れなさい。貴女自身のために――真実を」 見なくても分かる。多分ヒナの言葉は本当だ。そんなことは、本当は最初から分かっていたんだ。 何故なら。 一年前、薫子を暴漢から助けたあの日に――あたしは、死んでいたはずなのだから。 それでもなお、ヒナは見ろと言う。自分の目で確認して、全てを受け入れた上で死ねと言う。 誰も見ていなかったら、頭を抱えて叫び出していたかも知れない。 見たくない。受け入れたくない。だってそんなものを受け入れてしまったら、あたしは薫子と一緒に居られなくなってしまう。 そんなのは、嫌だ。死ぬよりも耐えられない。 ――けど。ここであたしが見なかったら、あたしは自分自身の運命にさえ、目を背けてしまうことになる。そんな弱虫に、薫子と一緒に居る資格は無い。 だって薫子は、とっくの昔に受け入れていたのだから。 良かった、と。生きててくれて、本当に良かったと。凍えるあたしの身体を抱き締め、彼女は何度も言ってくれた。あたしのために流してくれた涙と、その握ってくれた手の温もりを、あたしは一生忘れない。 「見てやるよ。そんで、てめえを殴り飛ばす。絶対、死んでなんかやるもんか」 「この期に及んで、まだそんなことを? 本当はもう、貴女自身も分かっている筈です」 「うっせぇ! いいから黙ってな!」 迷いを振り切るかのようにあたしは叫び。その言葉で撃鉄を起こして、運命の引き金を引いた。 ‥‥影は、在った。 「え?」 驚いた。 しかしそこに在ったのは、あたしのではなく薫子の影だった。 いつの間にあたしの前に来ていたのか、あたしが顔を上げると彼女はそっと、抱き締めてくれた。 あの時と、同じように。 「か、薫子?」 「‥‥ないで」 「え?」 「お願い。居なくならないで」 その言葉を聞いた瞬間。あたしは不覚にも、目頭が熱くなってしまっていた。あたしの胸に顔を埋めている薫子の表情は、あたしには見えない。けれど、彼女の気持ちは、十分過ぎるくらいに伝わって来た。 参ったな。これじゃあ、いつまで経っても成仏できそうに無い。 「どこにも行かねえよ、薫子。あたしは、いつでもあんたの傍に居る。そう、約束したもんな?」 あたしは彼女を抱き締めた。柔らかな温もりが、肌を通して伝わって来る。 うん、良し。勇気、出て来た。 「だけど、ちょっとだけ待ってて。決着、着けて来るからさ」 そう言ってあたしは、彼女の身体を離した。泣きそうな表情で、だけど涙は見せない彼女の髪を、そっと撫でてやってから。 「馬鹿な。貴女は憑かれているんですよ、その化け物に。分からないのですか?」 「分かっていねえのは、てめぇの方‥‥だっ!」 ヒナに、手にした「武器」を投擲した。 「な――胡椒瓶――!?」 さしもの彼女も、この攻撃は予想していなかったらしい。それでも何とかかわせたのは、彼女の卓越した運動能力故か。ぐらりと、僅かに彼女が姿勢を崩す。今だ。第二弾を解き放ちながら、あたしは彼女に向かって駆け出す。 「ちっ」 舌打ちした、彼女の手が青白く輝き始める。しまった、この体勢でも撃てるのか。とてもじゃないが、避けられない―― 「‥‥きて」 あたしが死を覚悟した瞬間、その声は確かに届いた。 「生きて! 美沙樹ちゃん!」 「グッ!?」」 驚きは、誰のものだったか。ヒナの手から、光が消えた。薫子の手から投擲された、二度目の胡椒瓶がヒナの眉間を打ったのだ。 彼女の身体が、大きく傾く。今だ―― 「沈めぇぇぇぇぇっ!」 あたしの蹴りが、ヒナの腹部にめり込んだ。 これでも、あたしの地元で名を馳せたレディース『異死蛇阿』のバカどもを、まとめて沈めてきた蹴りだ。ヒナの実力は認めるが、あたしの蹴りをまともに喰らってはそうそう戦い続けることもできないだろう。 そして、そのタイミングに重ねるようにして外から鳴り響くパトカーのサイレン。あたしと薫子は、とりあえず窮地を脱したことを感じていた。 その後。駆け付けたパトカーのサイレンを聞き付けたヒナは、「潮時ですか‥‥」と告げ、闇夜の空へと消えていった。 「ちっ。原作のように、無様に捕まれば面白かったのに」 「‥‥原作? 美沙樹ちゃん、原作って――」 「ノーコメント」 お陰で、結局彼女が何者なのかは分からず終い。 それでもあたしは満足だった。薫子が怪我もせず無事で居るのだから。 「薫子。あんたさ。もしかして、知ってた?」 「え? 何を?」 帰り道。薫子と二人で歩く、いつもの道。気になっていたことを、あたしは訊いてみることにした。 「だから、その。あたしが、死んでたこと」 「あはは。何言ってるのかな? 美沙樹ちゃんは、生きてるじゃない」 「でもな。あいつの言うように、あたしには影が無い」 薫子の影だけが、道に長く伸びていた。それが現実だった。けれど、不思議と何の感情も湧かなかった。ああそうなんだ、と漠然と受け入れただけだった。 「半欠け」 「ん?」 ふと彼女は、そんなことを口にした。半欠け。生者と死者の間の存在。どちらにも属さない、不安定で中途半端な存在。 「ってことは、欠けてるだけなんだよ美沙樹ちゃんは」 「欠けてる、だけ?」 「うん。欠けてるってことは、どこかに落ちてるってことでしょう? だったら、見つけてもう一度はめ込めば良いんじゃないかな?」 「‥‥そんな、ジグソーパズルのピースじゃあるまいし」 「良いじゃない。それでも」 月に照らされて、彼女は微笑んでいた。飾り気の無い、彼女らしい率直な笑顔だった。それが、あたしには眩しく映る。 彼女は希望を与えてくれる。あたしに死ぬなと言ってくれる。生きろと言ってくれる。だからあたしは今も彼女の傍に居て、彼女と同じ道を歩んでいる。 「帰ろう、美沙樹ちゃん」 だけど。それが長くは続かないことを、あたしは何となく理解していた。 「‥‥うん」 いつもなら、同じうなずくにしてももっと尖んがった返事だったろうけど。何故かこの時は、幼子が母の言うことを聞くように。素直な返事をしてしまった。 だから、胸の中でだけ、密かに呟く。 神でも悪魔でも誰でもいい。どうか、この幸せが一日でも長く続きますように。 それでは、これでおしまいっ(はぁと) あとがき 何度書いても、納得行くものが書けずに消しては書いて、書いては消してを繰り返しました。で、考え方を改めてみたんです。
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