うらきょっ!女子中学生日記

第二話「……まだ分からないの? オレのこと」

 春の朝日は間延びして、部屋の隅々にまで良く届く。その所為か、わたしはいつもより早い時間に目を覚ました。
 学校に行くには早過ぎる時間帯だが、二度寝すると遅刻しそうなのでそのまま起きることにする。いつもなら寝惚けて頭をぶつける天井とも、今日はキスをせずに済んだ。とりあえず顔でも洗おうと、二段になっているベッドの上段から降りようとして。
 真下で寝ていた、妹と目が合った。どうやら起こしてしまったみたいだ。
「おはよ、理沙っち」
「あれぇ? ねーちゃ、もう起きたんー?」
「ま。たまにはね」
 さすがに眠いのか、ごしごしと目を擦りながら理沙(りさ)は言って来る。妹の名誉のために言っておくと、彼女は決してお寝坊さんではない。いつも起こされているのはわたしの方なのだ。今日は本当にたまたま、わたしが異様に早く目を覚ましただけなのである。
 ──さすがに、鶏が鳴き始めるよりも早い時間に起床ってのは自分でもやり過ぎだと思った。ごめんね理沙っち。
「あー。お母さんまだ寝てるかなぁ?」
「んぅー、理沙こんな早ぅ起きたこと無いからわからんよぅ」
 まだ半分寝ているのか、ぼーっとした表情で応える理沙。こうしているとお人形さんみたいで可愛い。我が妹ながら、抱き締めて頬擦りしたくなるくらいの器量良しだ。風の噂ではクラスメートの過半数が理沙っちの笑顔の虜になっているとかいないとか。まだ小学生なのに……何とも末恐ろしい妹である。
「まあいっか。朝ご飯食べるには早いし、散歩でもして来るわ」
「あ。じゃあコジローも連れてったって」
「オーケー。それじゃ行って来るわね」
 簡単に着替えを済ませて外に出る。朝の空気はひんやりと澄んでいて、その分日差しを暖かく感じた。陽光を存分に堪能しつつ、家の裏手に回る。表からは見えない我が家の裏側は家庭菜園になっていて、その向こうに文字通り小さな小屋が建っていた。小さいのも無理は無い。小屋を利用しているのは人間ではなく犬なのだから。
 七番目の家族は、わたしを見つけるや「わん!」と力強く吠えた。さすが犬だけあって朝は早いようだ。真っ白い毛並みが朝日に映える、彼の名前は秋田のコジロー。純国産犬の中で一番の大型種だ。どっしりとした体格で、はっきり言ってわたしなんかより遥かに力が強い。だからか、彼はわたしよりも地位が上だと思い込んでいるらしく。
「うー! わんっ」
「こら吠えるな。近所迷惑になるでしょ」
「わうわう!」
 わたしを見るとやたら吠えるのだ。一応仲間と思ってはくれているのか、噛み付かれこそしないけど。困ったもので、散歩の主導権は完全に彼が握っているのである。抗おうにもわたしではパワーが足りない。
 余談だが、相手が理沙だとコジローは大喜びする。雌犬と思っているのかも知れないが、彼女の命令には喜んで従うのだ。ということはわたし、犬にも女と思われてないってことですか……?
 嘆息しながらも、コジローの首輪にリードを通してやると。途端に彼は、疾風のように勢い良く飛び出していった。飛び出していった、なんて他人事みたいに書いたが、実際にはリードの先端を持っているわたしの体もずるずると引き摺られているのである。何と言う秋田犬の力。覚悟してはいたが、これは散歩、などという生易しい表現で済まされるものにはなりそうも無い。ビバ獣道、レッツゴー冒険ジャー。

 かくして、一日が始まる。
 早起きしたのは、何も日の光が眩しかったからだけではない。
 胸騒ぎがしていたのだ。今日は何か、わたしにとって特別なことが起こる日だ、と。だからなかなか寝付けなくて、そのくせ寝覚めははっきりとしていた。

「あの……馬鹿犬がぁ……!」
 独り毒づきながら、わたしは通学路をひた走っていた。いつもの道、いつもの風景。だけどいつも見かける女子生徒達の姿は、今日は無い。
 理由は簡単。皆もうとっくに登校していて、遅刻寸前で焦っているのがわたしくらいしか居ないからだ。
「せっかくっ……はぁはぁ……早起き、したってのに!」
 全てはコジローの所為だった。散歩とは名ばかりのちょっとしたスペクタクル冒険活劇の結果、何故かわたし達は裏山に迷い込んでいて。下山する道を探すのに、かなりの時間を費やしてしまったのだ。ちなみにわたしが道を探している間、当のコジローは野ウサギ狩りに興じていて全く役に立っていない。こんな時こそお前の鼻が役に立つんじゃないのかぁー!? 赤鼻のトナカイが泣いているぞ!? と突っ込みたくもなったが。相手が犬だと自分が空しくなるだけなのでやめておいた。
 そんなこんなで、何とか下山した時には太陽は高く昇っていて。気付いた時には、朝食を食べる余裕さえ無くなっていたのである。おかげでわたしは空腹のまま中学校までの道のりを全力疾走する羽目になった。畜生。あの馬鹿犬、今度犬鍋にして食ってやる!
 ──まあでも。悪いことばかりじゃなかったけどね。
「あの娘、可愛かったなぁ」
 裏山を彷徨っていた時のことを思い出し、わたしは思わず呟きを漏らしていた。そう、あれは何度目かのトライに失敗して山頂に戻って来た時のことだ。ほのかに朝霧に包まれた森の中で、わたしは一人の女の子と出逢った。
 それは、本当に偶然だったのだろう。わたしが声を掛けると彼女はびくっと身体を震わせ、それから驚いたように目を見開いた。驚くのも無理はあるまい。馬鹿でかい犬を連れたジャージ姿の女が、必死の形相で迫って来たのだから。
 わたしが道を尋ねると、その娘は「あ、あの」とか細い声で応えかけた後。何が恥ずかしかったのか、いきなり顔を真赤にして走り去ってしまった。まあ、その娘の後を追いかけたおかげで無事に道を見つけることができた訳だけど。
 理沙とはまた異なる可愛らしさのベクトルを持った女の子だった。可愛いというより、綺麗と言った方が適切かも知れない。視界の狭い霧の中だから余計にそう見えたのかも知れないけど、女のわたしから見ても十分過ぎる程に美しく、可憐だった。是非お近づきになりたいと思ったけれど、山の中では出逢える確率は低い。見覚えの無い子だったから、中学も違うのかも知れないし。そう考えると段々凹んで来る……。
 ──と、いけないいけない。もっと頑張って走らないと、本気で遅刻してしまう。こう見えてもわたしは真面目な学生で通っているのだ。だからこそ多少の非合法は目を瞑ってもらえていたし、本当にヤバいことは全部キモ麻呂の所為にできたのだ。そうした特権階級とでも言うべき優等生としての地位を、こんな形で失う訳にはいかない。今は女の子よりも何よりも時間が優先だ──。
 などと、走りながら考えていたのが良くなかったのだろうか。
「うわっ!?」「あうっ!?」
 突然裏道から飛び出して来た人物と、盛大にぶつかってしまっていた。うわ何、それどんなラブコメ? これで相手が食パンでも咥えていた日にゃ完璧だ! なんて思いながら、わたしは見事に尻餅をつく。それは向こうも同じだったか、涙目でお尻を押さえている。
「ちょっとアンタ、気をつけなさいよ──って」
 言いながら、わたしは気付いていた。わたしと同じ中学の制服を着た女の子。それだけでも運命的だというのに。
「あなた……今朝の子?」
「──あっ!?」
 わたしが訊くと、その娘は目を丸くして驚いた。そうだ、間違い無い。服装こそ違うものの、彼女は今朝裏山で出逢った女の子にそっくりで。当人の反応が、それが真実であることを物語っていた。
 何と言うことだ。今日は特別なことが起きると胸騒ぎを感じてはいたが、まさか本当に運命的な出逢いを果たすことになろうとは。ああ神よ! わたしは生まれて初めて貴方の存在を信じることができそうです!
「やっぱりそうなんだ! ねぇあなた同じガッコなんでしょ? わたしと一緒に行こうよっ」
「え? で、でも、その」
 驚いた次の瞬間には、頬を赤く染めてうつむいてしまう。ころころと表情のよく変わる子だ。まあ、そんなところも可愛いんだけどね!
「ほら、手を貸して。起こしてあげるから」
「い、いいよ。自分で立てるから……!」
「だーめ。お姉さんの言うことは大人しく聞きなさい」
 半ば強引に手を握り引っ張り起こすと、彼女は耳まで赤くなってしまった。まるでゆでだこみたいで、ちょっと可笑しい。わたしがくすくす笑うと、その娘はムッとしたのか声を荒げる。
「な、何が可笑しいんだよっ」
「いやぁ。見た目と中身のギャップがたまらないなぁと思ってたトコ。それにしても柔らかい手だねぇ、ぷにぷにー」
「や、やめてよ!?」
 見た目は清純な乙女といった感じなのに、口調は意外とボーイッシュ。そのギャップは、わたし的にクリティカルヒットだった。良いよね、ボク娘って。
「あはは。ま、冗談はこのくらいにしておいて。遅刻するといけないから、歩きながら話しましょ?」
 本当は走らないと間に合わないんだけど、それだとこの子とお話することができない。この女の子と再会した時点で、わたしの頭の中から遅刻という文字は綺麗に消去されていた。やっぱあれだ。人間たるもの、本能的欲求には忠実に従わないといけないよね?
 わたしに押される形で、仕方なく歩き始める少女。ああ良かった。やっぱり同じ中学だったみたいだ。それなら、これから幾らでも逢う機会を作ることができる。
「自己紹介がまだだったよね。わたし、如月美沙樹って言うの。一応これでも二年生なんだけど、あなたはどうかな? 見た感じちょっと幼さ残ってる気がするから、下級生だったりして」
「………」
 わたしの質問に、沈黙をもって応える少女。あれ、答えたくないのだろうか? え、もしかしてわたし、避けられてる?
「ちょ、ちょっとぉ。人が訊いてるんだから答えなさいよ。そんなプライベートに突っ込んだ質問内容でもないでしょう?」
 内心焦りながらもわたしは何とか話を続けようと試みた。だがそんなわたしに対し、女の子はぷいと視線を逸らしてしまう。一体何が気に入らなかったのだろう? すっかり拗ねてしまった彼女と並んで歩きながら、わたしは状況を打開する手段を考える。
「ええっとぉ。今日はいい天気だよね。これだけ快晴だと、明日もきっと晴れるんだろうねぇ。明日も明後日も明々後日も、ずうっとずうっと晴れると良いねぇー」
「………」
 駄目だ! こんな時に限って、わたしの灰色の脳細胞は活動停止してしまっているッッ……ああそうか、あんまり寝てないから脳が疲れているんだ……。
「くっ」
 わたしが諦めかけた、その時だった。
 キンコーンと、やたら甲高い音で予鈴が鳴ったのは。
「あ」
「──走らなきゃ」
「え? ちょ、ちょっと」
「行こう」
「えええええっ……!?」
 その時のことを、わたしは一生忘れられないだろう。唖然としたわたしの手を取り、彼女は颯爽と走り出したのだ。繋いだ手を通して、少女の温もりが伝わって来る。彼女の柔らかさと温かさを感じ、わたしはほんのりと幸せな気持ちに包まれていた。
 何だ。嫌われてなかったんじゃん、わたし。

 どのくらいの間走ったのだろうか。多分距離としてはそんなに長くないはずだが、わたしにとっては時が止まっているんじゃないかと思うくらい長い時間が過ぎた後。始業開始のチャイムが鳴り響いた時、ようやく彼女は走るのを止めた。
「あー……間に合わなかったねぇ」
 少しずつ上がった息を整えながら、わたしが彼女に声を掛けると。彼女は残念そうに唇を噛んだ後、ようやく手を離した。
「ま、しゃーないやね。どうする? 今から行っても廊下に立たされるだけなら、いっそ二人でどっか行かない? 平日の昼間から遊ぶ機会なんて滅多に無いし、わたしとしてはそれでも構わないんだけどさー」
「駄目だよ、そんなの」
 そう言って、彼女はわたしの顔をじっと見つめてきた。そのあまりに真剣な眼差しに、わたしは思わずたじろいでしまう。
「そ、そうだよね。不良じゃないんだから、そんなことしちゃいけないよねぇー。あ、あは、あはははは」
「……まだ分からないの? オレのこと」
「──へ?」
 オレのこと? 彼女は確かにそう言った。どこかで聞いたような声で、どこかで聞いたようなイントネーションで。確かに彼女はそう言って、わたしは「何のこと?」と訊き返しそうになり。
 言葉にするよりも先に、わたしの中の灰色の脳細胞が気付いていた。
「ま、まさか、あなた」
「そうだよ如月。オレは」
 震える声で問いかけるわたしに、極めて冷静な口調で応え。彼女は──いや、「彼」はかつらを脱ぎ捨てていた。
 そこに居たのは、可憐な少女などではなく。
「玉城つかさだ」
 一人の少年が、わたしに向かって告白していた。

 わたしは思い出していた。
 昨日の放課後。彼がわたしに愛を告げた時、わたしが何を言ったのか。
「お前が女にしか興味無くても、オレはお前のことが好きなんだ!」
「ああそう? だったらさ。アンタが女の子になったら、付き合ってあげても良いわよ? わたしのことを知った上で、それでも好きというんならね。性転換でも何でもして誠意を示しなさいよね!」
 売り言葉に買い言葉で、何だかとんでもなく酷いことを言ってしまった。勿論それは半ば冗談で、つかさを振る口実に過ぎなかったのだが。
「わかった」
 彼はそう応えて歩き去った。その言葉の意味を、わたしはよく考えもせず彼が諦めたものと早合点してしまっていたが。
 どうやら彼は、本気にしてしまったらしい。

「約束だ。オレと付き合ってくれ」
「………」
 熱烈なラブコールを送って来るつかさに対し。
 今度はわたしがだんまりを始める番だった。
 ……ど、どうしよー……。

 今日の日記:
 ちょっと何よこのラブコメ的展開はぁ!? わたしらしくない!
 それにしてもつかさの奴、わたしなんかのためにそこまでするなんて。そんなに惚れられるようなコトした覚え無いんだけどなぁ……?
 とりあえず女装程度じゃ駄目だよね。付いてるモノ取ってもらわないと!(←鬼)

 それでは、明日に続くのだっ(はぁと)

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