うらきょっ!女子中学生日記 第一話「オレ、前からお前のことが──」 |
| 「如月」 それは穏やかな、ある春の日のことだった。 「オレ、前からお前のことが──」 人気の無い、放課後の体育館裏。そこでわたしは初めて、彼と出逢った。 「はい、そこですとっぷ」 出逢って、彼が男であることを確認できさえすれば、後はもうどうでも良かった。 だからか。何やら言い合ったような気がするが、あまり良く覚えていないのは。 「全くもう。『つかさ』なんて名前だから、てっきり女の子と思って期待しちゃったじゃないの」 すごすごと歩き去って行く少年──玉城(たまき)つかさの後姿を見送りながら、わたしは独り溜息をついた。期待していただけに、それが裏切られた時の落胆は大きく。 「あーもー。どちくそがー!」 握り締めていた封筒を地面に叩き付け、毒づかずには居られなかった。 ……分かっている、彼が悪い訳じゃない。悪いのは、手紙に記されている名前を見て勝手に勘違いしたわたしの方だ。 それでも、誰かに、何かに当たらずには居られなかった。自分でも良く分からない、もやもやとした感情を抱えて。くしゃくしゃになった手紙を、気分が晴れるまで踏みにじり続けるのであった。 如月美沙樹、花も恥らう十四歳。 初めて貰ったラブレターに、ほんのりときめいたりもするお年頃である。 そんな、思春期まっただなかのわたし達にとって、保健体育の教科書はバイブルと呼ぶに相応しいものと言えた。大人への階段、エロ本を買うお金も勇気も無いわたし達中学生に、神はモザイク無しの、性器の内部構造を示してくれた。おお神よ! あなたはどうしてゴッドなの? 今ならわたし、あなたにMr.Chin Pouの称号を授けるわ! その日もわたしは聖書片手に、校庭を走る女の子達の姿を、聖母のような慈愛の心でもって見守っていた。えへへ、ブルマいいなぁ。あ、あの娘お股の肉がはみ出ちゃってるよ、しょうがないなぁ。えへへ。 「げへへへへ。花見をしながらの女体観賞も乙なものですなあ、姐さん」 と、そんなわたしの気持ちと同調して、にこやかに笑いかけて来る者が居た。 「何よキモ麻呂。折角人が清純可憐な少女達の肢体を眺めて、清々しい明日を送る決意を固めていたってーのに」 クラスメートのキモ麻呂。あだ名の由来は推して知るべし。本名は……忘れた。生憎と男の名前とかプロフィールとか、そう言ったものに興味無いもんで、わたし。そんなわたしだったから、男友達なんてキモ麻呂以外誰も居ない。欲しくも無かったが。いや、キモ麻呂の場合は友達というより、下僕か。 「ひひひひ。それを言うなら清々しい『性春』を、ですな。 それより姐さん、さっき三組のロッカー漁ってたらこんなブツが出てきやしたんで、進呈致しやす」 キモ麻呂について一言で表すならば、ずばりネ●ミ男(あるいはス●夫)だ。強い者には何とかして取り入ろうと必死になる反面、弱者に対してはとことん冷酷非情。より強い者が現れれば、今まで従って来た相手であろうとも躊躇無く裏切り、一転して敵対する側に回る。そういう、良く言えば世渡り上手な彼の潔さを、わたしは高く評価していた。お互いに利用するだけ利用し必要が無くなれば排除する、後腐れの無い関係。それこそがわたしの理想とする人間関係であり、泥臭い友情ごっこなどこっちから願い下げだったから。 ああ、それはあくまで相手が男だったら、の話ね? 女の子は無条件で大歓迎。うぇるかむとぅまいはーとなのである。 かんわきゅーだい。キモ麻呂がキシキシと関節を軋らせながら差し出してきたのは、何冊かの雑誌類が紐で束ねられたものだった。 「何よ、こんなもの。若い頃の時間は大切に使わないといけないのよ? てな訳でいい加減、聖書の朗読を始めないと──」 言いながら紐を解き、雑誌の内の一冊を手に取ったところでわたしは。 裸の金髪おねーさんが、笑顔で手招きしている写真に釘付けになった。エロいというか何と言うか、完全に虚を突かれた形な訳で。何つーか、真っ暗闇でいきなりボディブローを喰らった気分? その衝撃は、計り知れないモノがあった。 「どうでげす? 聖書も良いでげすが、こういうものも風情があって良いでやしょう? しかも洋モノ、中身は当然のように無修正でやすよ」 「………」 無言でページをめくる。その手が、ふるふると震え始めた。駄目だ、止まらない。ヤバい、ヤバいよこれはっ! ページをめくるごとに、わたしの中の何かが加速していくのが分かるよ? 加速装置──ずぎゅん! あ、マッハ超えちゃった。そにっくぶーむー。 ぷしゅー。こ、これはさすがに……中学生には刺激が強すぎるよぉっ……! 「……キモ麻呂」 「はいな、姐さん。何でございやしょう?」 「貴様に褒美を取らせてやろう。ありがたく受け取るが良い」 何だか色々堪能した後。傍らに佇むキモ麻呂に、わたしは対価となるモノを渡した。無修正裏本数冊分の価値のあるモノ、それはすなわち。 「こ、これは!?」 驚愕するキモ麻呂。彼の手の中にあるモノは、白くて細長い棒状の物体。筒みたいに穴が空いていて、その先端部は折れ曲がっている。一見してそれは給食に出て来るパック牛乳を飲むための、ただのストローだったが。飲み口から垂れ落ちる白濁した液体が、ある一つの事実を物語っていた。 「し……使用済みストロォォォォッ……!!?」 「イエス! さあ舐めしゃぶれ! 存分に己が欲望を満たすが良いわ!」 「ははぁーっ!!!」 ぢゅるるるる、べちゃべちゃ。欲望が理性に打ち勝ったのか、キモ麻呂はわたしが見ているにもかかわらずストローに貪り付いた。派手に音を立て、唾液を撒き散らしながら舐めしゃぶる。ああ、こいつ馬鹿だなぁ。正真正銘の変態だなぁ。わたしは一度も、ストローの使用者について触れてはいないというのに。 そう。キモ麻呂に渡したストローは、わたしが使ったものではないのだ。こんなこともあろうかと予めゴミ箱から拾っておいた、誰が使用したのかも分からないばっちぃストロー。それをキモ麻呂は、一生の宝として保管することになるのだろうか。そう考えるとちょびっと可哀想かも知れない。ちょびっとだけね。 「ん? これは」 キモ麻呂の醜態を見かね、視線を雑誌に戻したその時。わたしは裏本の下に、封筒のようなものが敷かれていることに気付いた。中に入っているものは、手紙か? 「如月美沙樹様へ。あ、わたし宛てじゃん。何これ、どうしたの?」 「げへげへげへげへ。お、美味しいでやんす、姐さんのオツユ。んんぅっ」 「あー、もしもし? キモ麻呂君?」 「あっしのと絡んで、ぐちゅぐちゅに溶けてるでやんす。あ、姐さんっ、もう我慢できな──」 「出すな&人の話を聞きなさいきーっく!」 「げふぁ!?」 最初からこうしておけば良かった。心底そう思いながら、わたしは何故か「く」の字になってうずくまっているキモ麻呂の顔面を踏みつけた。 その後わたしは、キモ麻呂の口から手紙がわたし宛てのラブレターであることを聞いた。何でも裏本を収集して教室に戻って来る時に渡されたものらしい。 「差出人は『玉城つかさ』……つかさちゃん、か」 その名前を口にした瞬間、心臓がばくんと跳ね上がるのが分かった。あ、ヤバい、これ。何か、来た、かも。 「しかし、玉城のヤツも無謀でやんすね。よりによって姐さんに惚れちまいやがるなんて、命知らずにも程がありやす」 「何でよ、別に良いじゃない。むしろ今まで一通もラブレター来なかったのが不思議なくらいよ。 見てよ、今時古風で珍しい。放課後、体育館裏で待ってます、だって。きゃー初々しー!」 「はぁ。しかし玉城のヤツは姐さんの好みではないと思うでやんすがー」 何が気に入らないのか、やたらと毒を吐くキモ麻呂。お前は一生そうやって、誰の唾液塗れなのかも分からないストローをしゃぶり続けているがいいわ。心配せんでも、つかさちゃんはお前にはやらねーから。 「そんなこと無い! この恋は絶対よ! わたしの直感は外れたことが無いんだから。間違い無い!」 とりあえず目障りなキモ麻呂をラリアットでぶっ飛ばし。わたしは独り、放課後の嬉しハズカシ告白イベントに向けて特訓を開始したのであった。 そして時は流れて放課後。 意気揚々と体育館裏に向かったわたしを待っていた人物は、「彼女」ではなく「彼」だった。 「──しても、オレは──」 「──ったら、──して──」 何かを言い合ったような気がするが、頭に血が上っていた所為か、良く覚えていない。気が付くと玉城つかさは、わたしに背を向けて歩き去っていくところだった。 「わかった」 彼が最後に残した言葉。何が何をどう分かったのか、わたしには分からない。だから彼の発言に対して肯定も否定もできず、わたしはただ呆然と、事の成り行きを見守っていた。 ……後にそのことを、死ぬ程後悔することになるのだが。 「つーか、キモ麻呂の奴! つかさが男だって分かってて手紙渡したなあんにゃろー! 決めた、明日シメてやる!」 何はともあれ、やり場の無い怒りを今この場に居ないキモ麻呂に向けることにして。すっかりくしゃくしゃになったラブレターを、わたしは拾い上げて見た。 「ま、初めて貰ったものだし、ね」 捨ててしまおうかとも思ったが、これはこれで記念にはなる。そう思って、わたしは結局、ラブレターを持って帰ることにした。 この時わたしは、怒っているのにどこか清々しい、自分でも不思議な気持ちに包まれていた。 玉城つかさ。 翌日彼は意外な姿で、わたしの前に再び現れることになる。 今日の日記: わたしは女の子が好きです。でも男の子は嫌いです。触り心地が良くないから。 あーあ、つかさが女の子だったら良かったのに。残念、無念。 でも……わたしの直感、外れたこと無かったんだけどなぁ……? それでは、明日に続くのだっ(はぁと) |