うらきょっ! ばぁじょんアオ そのいちっ |
| 「……間違っちまってる」
「ふぇ?」 それは、薫子と共に夕飯の贖罪を購入した帰り道のことだった。食後のウーロン茶ペットボトルに付いているオマケの酸欠無双の人形は何だろう、などと袋をがさがさ漁っていて、ふと気付いてしまったのだ。 「間違っちまってる、あたし」 「えっと……何が?」 「決まってるだろ? この現状がだよ!」 「……美沙樹ちゃん? どうしたの? 現状の何が間違ってるの?」 「クッ、何だって……このあたしが!」 「美沙樹ちゃん、訳分かんないこと言ってないで帰ろうよ? 今日は美沙樹ちゃん家で、料理、一緒に作るんでしょ?」 「それ以上近寄るな!」 「ふぇっ!?」 肩に触れようとした薫子の手を咄嗟に払い、あたしは力の限り叫んだ。 「アタシは、お前なんかいなくったって──そうだ、アタシは……群れたりなんかしない……」 あたしは、自分に言い聞かせるように呟く。 「薫子。今日限り、お前とは絶交だ。……じゃあな」 「えっ……ええっ!?」 薫子の顔が、これ以上ないというくらい驚きに歪む。 「じょ……冗談でも、冗談でもそんなこと言っちゃヤだよ美沙樹ちゃん? 私、美沙樹ちゃんと一緒に遊んでいる時が──」 「近寄るなっつってんだろ!?」 私に向けて手を差し伸べ、近寄ろうとしていた薫子に一喝する。薫子はそんな私の声にふぇ、と泣き声とも呻き声とも取れる声を上げて後ずさった。 「ど、どうして? せめて、理由を──」 「理由? 鬱陶しいからだよっ! 暇さえあれば、美沙樹ちゃん美沙樹ちゃんって年がら年中まとわりついてきやがって……」 「だ、だって、私たち、友達だって……いつでも、一緒にって……」 「うるせえ! 限度ってもんがあんだろ、いい加減目障りなんだよ!」 「や……ヤだよ美沙樹ちゃん、私、謝るから……悪いことしたなら謝るから……」 「あー分かった。お前が消えないならあたしが消える。んじゃな」 「み、美沙……樹……ちゃん……」 言ってから後悔するようなことは始めから言わない方が良い── そんなことは分ってる。 でも、それでも自分はそうすることしかできなくて。 あたしは唖然とする薫子を独り残し、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。 気が付けば、四六時中薫子のことを考えるようになってしまっている自分がいた。 最近の生活は、90%以上を薫子に依存していたといっても過言じゃない。事実、彼女の居ない日々は想像するだけで億劫だった。 薫子以外にまともに喋れる友人なんて居ないし、バイトも習い事もしちゃいない。だからって独りでアパートに戻って引き篭り、ペットボトルのオマケの酸欠無双人形を眺めるなんてのは、何だか人として終わってる気がする。 ……駄目だ! こんなんじゃ、いつまで経っても現状から脱却できない。 あたしはいつだって、ひとりでやってきたじゃないか。 誰ともつるまず、誰にも頼らず、ただの一人で生きていく。そうしてきたんだ。 あたしは還るんだ。薫子なんか居なくったって全然平気だった、地元のヤンキーどもすら恐れた如月美沙樹に戻るんだ。 そんなことを考えながらあたしは、しかしそう決心したからといってすぐに何か自分だけでやれることが見つかる訳もなく。半ば途方に暮れつつ、街の中を徘徊していた。 向かう場所もするべき目的もない。そんなあたしの足が自然に向かっていたのは喫茶店「Choko De Chip」だった。薫子との時間の大半を過ごした喫茶店しか行くべき場所が無い、というのがなんとも情けなかったが。 しかしあたしは今ひとりで「Choko De Chip」に行く。 孤独でも平気だった強い自分を取り戻すためにと考えれば、この選択も悪くない気がした。 「いらっしゃいませ〜」 「Choko De Chip」の自動ドアを開けて中に入ると、若い少女の可憐な声があたしを出迎えてくれた。それはマスターでもなく、マスターの娘である涼子さんでもない、常連の私が「Choko De Chip」で初めて見る娘だ。 あくまでここ、「Choko De Chip」においてのみ、の話だが。 「新しいウエイトレスさん?」 「あ、はい。マリアと言います、よろし……」 そこまで言って、あたしの顔を確認したウエイトレスは驚きと共に言葉を飲み込んだ。 「美沙樹お姉さま!?」 「だーかーらー……」 予想通りの展開に、あたしは眉間にシワを寄せて口調も険しく告げる。 「お・ね・え・さ・ま・じゃ、ねえっっって……何度も言・っ・た・だ・ろ・う・が」 「ああ痛い痛い痛い、お姉さま、痛いですぅ」 両の握り拳でウエイトレスの眉間をグリグリし、涙声を吐かせてはみたものの、娘は結局あたしの呼び方を改めようとはしなかった。ったく、レズじゃあるまいし「お姉さま」なんて恥ずかしい…… ……ま、いいか。 今はそのことに対する不満より、薫子以外の人間で親しく話せる奴がいるってことが嬉しかったから。 あたしはウメボシを解いてやり、気難しく見えるよう歪めていた顔を一転笑顔に変えて、ウエイトレスの頭を撫でてやった。 「あはははは、マリア。元気にしてたか? お前の頼れる友人が、実はここの常連なんだぜ。ははははは」 「え、そ、そうだったんですかー?」 このゴシックロリータ風(って言うんだっけ?)のウエイトレス服でセクシーなボディラインを包み、コケティッシュな童顔を金髪でさらに一際艶かしく引き立たせている日本人離れした美少女は、マリアという。 かつてあたしが東京に来る以前、地元で薫子のように不良たちから性的暴行を受けかかっていたところを助けてやった、日系ハーフの娘だった。考えてみれば、あたしにとって薫子と似たような存在と言えるかも知れない。 「しかし驚いたぜ。馴染みの喫茶店に顔を出してみれば、まさかお前と会うなんてな」 「は、はい! 私もビックリですー」 少し舌っ足らずな口調で、それでも嬉しそうに告げるマリア。 「あああでもでも、東京にまでやってきたのは偶然じゃありません! お姉さまに会うためなんです!」 続けて放たれたマリアの告白に、あたしは正直精神的に一歩、仰け反った。 「あ、あたしに会うためだ? わざわざ? 徳島くんだりから?」 「はいっ! 私が生きていくには、お姉さまが必要ですから! だってお姉さまは、私の──」 「だぁぁぁぁぁっ! ストップ、ストォォォォォップ!」 第三者が聞けば誤解を受けそうな(いや、もしかしたらマリア的には誤解でもなんでもないかも知れない)ことを大音量で告げて、あたしは慌ててマリアの口を押さえつける必要に迫られた。 「久々の再会ってのに、妙なこと口走んじゃねえ!」 「で、でもでも、本当のことですぅ!」 うっ。マリアの目が涙で潤み始めている。 こうなると、あたしも強く出れない。100人の不良も恐れない美沙樹さんも、か弱い年下の女の子の涙にはどうにも打つ手が見つからない。男が女に手を上げない理由が、あたしには何となく分かる気がする。 「わ、分かったよ。分かったから泣くな、ったく……」 「ほ、ホントですか? じゃあじゃあ、ずっとお姉さまって呼んでも良いですか?」 「それはダメ」 「ふぇぇぇぇぇッ! お姉さま私が嫌いなんだぁぁぁぁぁっ!」 「だぁぁぁぁぁっ! 泣くな鬱陶しい! 分かった、しばらくは許してやっから! だから店ん中で泣くな、みっともねえ!」 「えへへー。じゃあ泣きやみますぅ。約束ですからね? 私がお姉さまって呼んだら、ちゃんと返事してくれなきゃヤですよー?」 「……帰ろ」 「ああ!? ごめんなさいごめんなさい、謝るから帰っちゃヤですぅ!」 ──その後、マリアは涼子さんに叱られそうになったが、責任は自分にあるとして何とか勘弁してもらった。今はマリアもウエイトレス作業に戻り、あたしはジュースの中の氷をストローでかき混ぜている。 それにしても、ラッキーというか何と言うか。薫子しかつるむ相手がおらず、手持ち無沙汰になっていたところに地元の顔なじみのマリアと出会えるとは。これであたしは、することもなく町中を歩き回るような不毛なことをしなくて済む。あたしはマリアが「Choko De Chip」の仕事がはけた後カラオケにでも行こうという話をして、マリアを待ってやっているのだった。 「お姉さま、お待たせしましたですぅ!」 数時間後、マリアはウェイトレス姿から私服姿となって私の席にやってきた。うん、同じ女のあたしから見ても可憐でキュートだ。 ……これだけ可愛けりゃ男なんて選り取り緑だろうに、あたしが助けてやった強姦未遂事件以来、マリアは男を寄り付けなくなった。 これ程の美少女が、勿体無いといえば勿体無い話ではある。 「マリア、お前まだ男ダメなのか?」 そんなことを思いながらの、何気ない質問。 無論あたしとしては、覚悟あっての発言だったとは言い難い。しかしこの質問は、マリアにとっては軽々しく口にして良いことではない、想像以上に重たい言葉だった。 「無理に決まってるじゃないですか」 普段の、どこかノンビリとした、間延びした喋り方じゃなかった。 愚問。 あたしが問うた質問は、マリアにとってはそれくらいの意味があった。 「今でも……思い出したら、体が震えるんです。男の人全部が悪い訳じゃない、そう理屈では分かっていても、私……」 「待てマリア、もういい」 いつもの明るく朗らかな笑顔が嘘のように、マリアの顔は凍てついたような無表情を顔に浮かべていた。 「軽々しく口にしちまったな。悪い」 強姦される、されそうになる──それは、男が思っているよりもはるかに女にとっては重く深刻な傷となって心に残る。 大したことないとか言う男は、一度同性愛の男から力づくでカマを掘られてみれば良い。好きでもない人間から無理やり肉体関係を強制されることが、どれだけ気持ち悪くおぞましいことか分かるだろう。 唐突にあたしは思った。こいつには、まだあたしが側にいてやんなきゃダメだって。 マリアを強姦未遂魔たちから助けてやってから数年が経つ。だが未だにマリアの心は癒えておらず、聞いただけで当時の怖い思いがフラッシュバックしているようだ。 同じ女で、かつ男を叩きのめせるあたしが側に居てやることで、マリアは安心できる。当時がそうだったし、今でもまだそうらしい。 なら、こんなあたしなんかでもマリアの側にいてやれば役に立つってことだ。誰かにすがるのではなく、誰かの救いになってやれている。それは、純粋に嬉しかった。 「マリア、カラオケでも行こうぜ。久々に思いっきり歌いたくなった!」 「あ……は、はいですぅ! 私も、久しぶりに思いっきりライクが歌いたいですぅ!」 バンドのライク・アン・ジェル好きのマリアが、あたしの話題転換に無理して乗ってくれた。無表情だった顔にパッといつもの笑顔を閃かせると、次の瞬間にはあたしの腕に自分のそれを絡ませていた。 「お姉さまとなら、なおさら歌いたいですぅ! お姉さま、早く行きましょ!?」 「わ、分かったからベタベタくっつくなよ! ……ってヌァァァァッ!? む、胸を押し付けるなぁっ!」 「えー。いーじゃないですか、女の子同士なんだし」 「女同士だから気持ち悪い……ってゴァァァァァッ!? こ、腰を擦り付けてくるなぁぁぁぁぁっ!」 なんて、本当は別にあたしも本気で嫌がる訳でもなく。 じゃれあうように、あたしはマリアという救いを得て、夜の町へと繰り出したのだった── |