死に損ないさん、はっぴーばぁすでぃ! |
| 「お誕生日、おめでとうございます」
夜の公園。冴え渡る月光が星々と共に夜空を照らしている中で、少女は告げる。眼前の少女は「は?」と、不思議そうな顔をした。 「貴女は、自分自身からも求められずに生まれた存在。──だから、私だけでも祝福します。貴女が生まれたそのことを」 「あの……済みません、何をおっしゃっているのか、良く……」 「死んだ筈なのに、生きている」 「!?」 「貴女自身、不思議だった筈です。本来ならば、助かるはずの無い傷を負って、あるいは病に冒され、なおこの世に在る自分自身を」 「あ、あの、貴女、何か知って──」 「誰が何を言おうと、貴女はここに存在しています」 すがるように、切羽詰った様子で身を乗り出してくる少女の質問には答えようとせず、夜の闇よりもなお黝い長髪をなびかせて、少女は告げた。 「だから、忘れないでください。これから貴女に、どんな理由で誰が襲い掛かってこようとも、望みが果たせるまでは決して消える必要はないのだと。貴女は、居ていいのだということを」 それを『半欠け』と人は言う。 本来ならば死んでいた筈の人間が、何らかの切っ掛けで死に切れなかった存在のことだ。 死者であって生物、生物にして死者。そんな『半欠け』と言われる者たちは、人として扱われない。この世のものとすら認識されない。 化物。物の怪。妖怪。魔物── 言い方は様々だが、明らかに人と同じ姿と思考をしているのに、人として扱われないという点は同じだった。 やっかいなのは。 やっかいなのは、『半欠け』が強烈な欲求を抱いた者がなる、ということ。古来より、強い怨念や未練を残した者が祟って出る、という話は、そうして生まれる『半欠け』たちが由来であるのだ。 中には、人に仇をなす欲求のために『半欠け』になる者もいる。 そして、『半欠け』は死なない。すでにして半分死んでいるのに、生者でもある者たちは、通常の手段では冥府がその存在を引き受けてくれないのだという。 死より見放された者が、人に仇なす欲求を行動原理に自由を謳歌すればどうなるか。結論は火を見るよりも明らかであろう。ゆえに古くより、『半欠け』に抗する手段は練り上げられてきた。 それは陰陽や法力、数百年を閲した聖霊の宿る神器であったりした。この世ならざる法則によって在る者たちには、この世ならざる法則によって抗する。それが、『半欠け』に対する最も有効な手段であったために。 邪な執着によりて『半欠け』となった者たちは、いつの世も時の権力者たちを悩ませた。ゆえに、『半欠け』に対抗する者たちが集められ、組織化されるのは必然であったと言える。 それと同時に、『半欠け』の存在と、『半欠け』に抗することのできる者たちの存在は歴史の影の部分にて隠蔽されるようになった。 強力に執着の心を持てば、半死人半生者たる存在となりて、半永久的に在り続けることがかなうという法則。それは、人の世に在っては益にならぬ法則であると時の権力者でなくても誰もが考えたであろう。 社会の影にて『半欠け』を処理する作業に従事する、そんな者たち。彼らは、その存在を知る者からは単純に「死人狩り」と呼ばれた── 「あなたは、死人です」 夜の公園。冴え渡る月光が星々と共に夜空を照らしている中で、少女は告げる。眼前の男は「は?」と、不思議そうな顔をした。 「気づいていないのですか? ……無理もありませんが」 セーラー服の上に光沢を放つ金属を当てた格好で、少女は相手の男を冷ややかに見つめながら告げた。 「今のあなたは、本来ならば死んでいてもおかしくない筈の傷か病を越えてここに在る筈です」 「!?」 男はその言葉に反応し、顔色を変えて後ずさった。明らかに、少女の言葉に心当たりがある様子である。 「あなた自身も、薄々は気づいていた筈です。死ぬほどの傷、あるいは死ぬほどの病に苦しみながら、どうして自分は死ななかったのか、と。しかしそれは違います」 ナイフのように鋭利な、切れ長の黒曜石色の瞳をさらに細く、薄くして少女は告げる。 「あなたは、死ななかったのではない。死してなお、今もこの世にあるのです」 カチャリ、と少女の手の中で不吉な音が鳴る。 「──何の話だ」 少女の言葉を否定する男の声は、しかし決して少女の言葉を夢や妄想で片付けようとしていない響きが含まれていた。 「死んでなお、考えて、食べれて、喋れて、見聞きできて──そんな、バカげてる。ありえない」 「事実です」 男の、すがるような響きが含まれた言葉を、しかし少女は容赦なく無慈悲に一蹴する。まるで、道に転がる砂利を蹴散らすかのように。 「……証拠があるっていうのか?」 「足元をごらんなさい」 その言葉に、男は諦めとも納得とも付かない、ある種の清々しさを感じさせる表情が浮かんでいた。対してその様を見た少女は、意外さを禁じえない顔をする。 「すでに、お気づきになっているようですね。今の自分に、影がないことを」 ──『半欠け』の者には影がない。 それ以外にも『半欠け』を見出す術がないではないが、それを確認することが複雑な知識を用いた術式も運搬に不便な神器も使わずに、一番手っ取り早く標的が『半欠け』であるかちゃんとした生者かを見極める方法であった。 少女の言葉に、男はうなだれてしまった。 最初こそ少女の言葉を否定していたが、男自身、どこかで自分が死んでいるという事実を否定できない根拠があるのだろう。顔に、何かを諦めたような諦観の表情が浮かんでいた。 「……正直、違和感には気づいていた。しかし、まさか本当に死んでなお意識があるってことだとはね。覚悟はしてたけど、やっぱりショックだ」 「飲み込みが早いようですね」 少女は軽く感心した。 「普通は、自分が死んだことはなかなか認めたがらないものです。その点、あなたは早い部類です」 「否定するには、心当たりが多すぎるもんでね」 「そして、私はそんなあなたのような半死人半生者、『半欠け』と呼ばれる存在を狩り、本来あるべき死人に戻す──いえ、この世から消滅させる者です」 「……『半欠け』になった俺を、狩りにきたってことか?」 コクリ、と男の言葉に頷く少女。 「抵抗と逃走は無益であると、これは予め申し上げておきます。私には、『半欠け』を追うに二十と七の方法を会得しているゆえに。……ですが」 かちゃり、と音を立てて鎖鎌を構える少女。 「存在を消滅させられそうになっていては、抵抗や逃走を試みずにはいられないのも事実でしょう。ですから、『するな』などと詮無きことは申しません。気が済むのならご自由に」 少女の言葉を聞いて、男はがくりと項垂れた。 「……抵抗しても、捕らえて始末する自信があるってことか」 「当然です」 告げる少女の声色は、二人の頭上に輝く月明かりのごとく、玲瓏ながらも冷たかった。 「逃げる気はない。いや、なくなった。どうやら無駄だってことが分かったから」 「手間が省けます」 「ただ──」 男は、口ごもった。そんな男の様子を見て、ため息を漏らす少女。 「待つ気はありません。『半欠け』は、貴方だけではないのです。いちいち付き合ってはいられません」 少女も、伊達に死人狩りを営んできてはいなかった。 『半欠け』は強い未練や執着によって生まれる。そして『半欠け』となった存在は、その『半欠け』となった原因を満たそうとするものだ。 自分の望みを叶えるまで、処刑は待って欲しい── そう願う『半欠け』は、少なくないのが現実だ。 「……た、頼むよ」 男は、少女が自分の言いたいことを先回りして理解していることに驚いた様子だった。 だがそれ以上の問答は無用と、少女は無表情でゆっくりと男に近づく。 「女の子に一言言って、これを渡せれば良いんだ! 頼むよ!」 「おためごかしを」 無表情だった少女の眉間に、ヒビが入るかのようにシワが寄る。男が懐から取り出した物など、見ようともしなかった。 「『半欠け』になった動機が、女性に一言掛けて物を渡す、ただそれだけのため? ……そのような嘘に踊らされる、そう見縊られたこと自体が腹ただしい」 腰から下げていたものを取り出し、男に構える少女。──日本刀だった。 「待ってくれ! 本当なんだ!」 少女は止まらない。 日本刀が振り上げられる。 「俺はあいつに、こいつを渡してやらなきゃ──」 虚空に、肉を切る音が響く。 月明かりの下、二つだった筈の人影が一つに減っていた。 次いで、物が地面に転がる音がした。 少女は、何気なくそれを拾った。 拾った物は、小箱だった。小箱には手紙が挟まっている。 少女は、それを何か考える訳でもなく、開いて読んでみた。 ──久しぶり。元気だったか? 俺の方は……ゴメン、生きていたって訳じゃないんだ。こいつは、あの世から送られてきたとでも思ってくれ。 ……なーんちゃって、驚いたか? ウソウソ、こんなことになっても、このプレゼントだけはお前に届くように手配してあったんだ。ま、念のためって奴だ。惚れ直したか? それはそうと、ナイトウィンドウはどうなってる? お前のことだから、俺がいなくなった後も『あいつの夢を継ぐ』なんて言って続けてたりしてそうだからな。 けど、そんなことしなくていいからな。俺は、お前が幸せになってくれればそれでいいんだから。 俺はもうお前の傍にはいてやれないけど、代わりにお前は自由だ。これからは俺に縛られず、生きたいように生きてくれ。 最後になったけど、誕生日おめでとう。プレゼントは、新しいメガネ。ロマンがないけど、実用的だろ? 笑って受け取って欲しい。 霧島春夏の以後の人生に、幸多からんことを── 少女は顔を真っ青にして、今しがた葬った『半欠け』が、最後に立っていた位置を見つめる。無論そこには何もなく、ただ、人気のない公園の風景が少女の視界に入ってくるだけだった。 「ま、まさか……──?」 少女は、脳裏に浮かんだ名を呟く。会ったことはないが、近しい人から名前だけは聞いていた存在、その人の名を。 だが無論、答える声は存在しない。 しばらくしてから、少女は絶叫した。し続けた。まるで狂ってしまったかのように。 死人狩りの少女の絶叫が、いつまでも公園の中にこだましていた── ──だから、私だけはあなたたちを祝います。 『半欠け』になってしまった、可哀想な人たち。 死んでも死に切れない想いを抱いていた、悲しい人たち。 だから、私だけはあなたたちを祝います。あなたたちが今ここに『在る』ことを。 あなたたちという『半欠け』が生まれた日を。 心の底からの、この出会いへの感謝と悲しみの気持ちを共に込めて。 「お誕生日、おめでとうございます」 END あとがき ……以上、即興の誕生日プレゼントでした。
|