うらきょっ! 第二十五話「あー。わたしも幻想郷入りしてぇー」 |
| 件の神告より数日が経過した。 皆大騒ぎするかと思ったら、意外な程に世界は静けさを保っていた。 春夏曰く、今はまだ、皆事の重大さに気づいていないだけ。これから世界は変わるのだという。 確かに、これから否が応にも思い知らされるのかも知れなかった。わたしが大切なものを失ったように、誰も彼もが奪われていくのだ。奪われてから気づくのでは遅過ぎる。けれど人は悲しいかな。人間は失って初めて、大切なことに気づく生き物なのだ。だから護れない。だから、救えない。わたしがそうであったように、人々もまた、これから数多の喪失を経験していくことになる。 「…………」 ぼーっと、川を見る。 水はどこまでも澄み渡っていて、決して流れを止めようとはしない。川上から川下へ、常に一定の方向へ流れ続けている。言わば人生と同じだ。 そんな中に、石を投げ込んでみる。 たちまち、流れが乱れた。乱れは波紋となり、徐々に大きくなっていく。掻き乱される。人生を、狂わされる。たった一個の石ころでも、これだけのことができるのだ。現実世界の神である神皇の一言の影響力は計り知れないものがある。確かに、これからなのかも知れなかった。まだ波紋は小さく、ナリを潜めているだけで。人々の知らない内にだんだん大きくなり、やがては全てを飲み込んでしまうのかも知れない。 「…………」 けれど。石が川底に沈み、その姿が見えなくなる頃には。川面は落ち着きを取り戻し、今まで通りの流れが形成されていた。変化はほんの一時。悠久の刻の流れから見れば、人間の営みによる変化など、投石に等しいのかも知れなかった。 だとしたら。こんなことでいちいち思い悩んでいるのは、神様から見れば酷く馬鹿馬鹿しく滑稽な有様なのかも知れない。 「あー。わたしも幻想郷入りしてぇー」 「無茶言うなや。あんたの描画力で何が出来るっちゅーねん」 「……はるなつー、居たんだ?」 いつの間にか、隣に春夏が座っていた。二人並んで川面を眺める。 「どーすんの、これから? あんだけ大胆不敵に宣戦布告されちゃった訳だけど」 「せやな。サトー君の言う通り、ウチらに出来ること──ゲーム創りをやろうと思う。リメイクとか、そんなチャチなことは言わん。完全な新作の創造や」 「ま、それしか無いわね。わたしもいい加減頭に来たわ。あの神様気取りの馬鹿野郎どもを超える物凄いモノを創ってやりましょうよ。そんでもって、思いっきりアイツをぶん殴る。きっとスッとするでしょうね。いやー、今から楽しみだわ。あはは」 すっかり気力の抜け落ちてしまった声でそう応え、わたしは春夏の顔を見た。春夏は微笑んでいた。やや疲れた様子の、しかしとても優しい笑顔だった。 ああ、やっぱり彼女は強い人だ。わたしなんかとでは、まるで違う。 「そうと決まれば、早速行動に移さんとあかんな。幸いにも、奴らはウチら二人が死んだと思うとる。他のメンバーはいざ知らず、少なくともウチらに関して言えば自由に動けるはずや。メンバーに加わったばかりのサトー君もな。 それに、奴らは神告の中で神聖ドイツ帝国に喧嘩を売りおった。当分の間は対外政策に追われるはず。その間、守りは手薄になる──これはまたと無い好機やで」 「成る程。で、具体的なプランは?」 「まずは各地に散り散りになっているメンバーを集めること。サトー君にはとりあえず原画家と接触するようお願いしといた。ミサキには、せやな……」 春夏の話では、現在「ナイトウィンド」本社は「りーびんぐ☆ねすと」の連中に占拠されており、全員をそこに集めるのは不可能に近い、とのことだった。しかしこのまま皆がバラバラの状態で居ても、事態は何ら好転しない。誰かが動かねばならなかった。そして、わたしには自由に動く両の足があった。 勿論、今すぐ何かが出来る訳ではない。最初は、力無い一歩に過ぎないのかも知れない。しかし、それでも動き出さなければ。川の流れに取り残されて、永遠に川底を彷徨い続ける小石と同じだ。 「分かった。やるだけやってみる。けど、あんまり期待はしないでよ?」 苦笑混じりにわたしが言うと、春夏は「上出来や」と満足げに頷いてみせた。 風雲激闘編 第弐拾五話「咲かない桜」 指定された場所は、以前にも来たことのある病院だった。 前来た時は手荒な歓迎を受けたものだが、今日は不気味な程に静かだ。……まあ、本来病院とはそういう場所なのだろうが。 「よぅ」 「あ、ども」 あの時と同じく、門に寄りかかって缶コーヒーを飲んでいる青年医師と挨拶を交わす。 「どうしたの、今日は静かね? あ、もしかして彼女、クビになった?」 「はは。それならどんなに有り難いことか。心配しなくても、ちゃんと居るぞ。ただし、病院の中にだがな。油断してるとホラ、あんたの後ろに」 「……怖いこと言わないでよ」 医師の言葉に少しビビりながら、わたしは病院の門をくぐった。ツンとした、消毒剤の匂いが鼻を突く。それから、ほのかに甘い香りが。 香りに誘われるように廊下の奥を覗いてみると。小さな女の子が、黒い犬の縫いぐるみを抱えているのが目に入った。見覚えの無い少女だった。けれど彼女はわたしと目が合うやニコッと笑って、会釈をしてみせた。 「はじめまして! お姉さん、初めてのヒトだよね? はじめまして!」 「あー、うん。まあ、一回来たことはあるんだけどね。はじめまして、可愛らしいお嬢さん」 ほんと、思わず頬擦りしたくなるくらい、はつらつとした可愛い女の子だった。まあわたしは極めて紳士的な淑女であるが故、人前でそんなはしたない真似はしないのだけれども。とりあえず妄想の中で服を脱がしにかかってはいた。まあ、妄想するだけだったらフリーダムだよね? 「あたしの名前、永遠(とわ)って言うの。この子はクロ! ねえ、お姉さんは何て言うの?」 興味津々といった様子で、永遠ちゃんはわたしの顔を見上げて来た。何だこのエロゲ的展開わ。内心あらぬ期待に胸躍らせながら、わたしは努めて冷静な口調で応答する。 「わたしは如月美沙樹。永遠ちゃんはここに入院してるのかな? それともお見舞い?」 訊いてからマズったと思った。彼女が水玉パジャマを着ていることなど、一目見た時に気付いていたはずなのに。 「んとね、永遠ね、ご病気だからここで治してもらっているの。治ったらお家に帰るの。パパとママも一緒だよ」 「そっか。早く治るといいね」 「うんっ」 そう言って、永遠ちゃんがにっこり笑うだけで。暗い雰囲気の病院内が、花が咲いたように明るくなった。わたしの当たり障りの無い返答に対してさえ、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。 「ねえ、ミサキは? ミサキもご病気なの? それともお怪我? パパとママは一緒じゃないの?」 「ああ、わたしはお見舞いだよ。つーかあなたに会いに来た、なんちゃって。友達が入院してるから迎えに来たの。一応これでも成人してるから、保護者は抜きでね」 「わぁ、そうなんだ!? じゃあミサキはお家に帰れるんだね! いいなー」 心底羨ましそうにクロちゃんを抱き締める永遠ちゃん。そんな彼女の様子はとても愛らしく、わたしは知らず微笑みを浮かべていた。 「大丈夫。永遠ちゃんもすぐに帰れるよ」 「ホント? あたし、お家に帰れるの?」 「もちろん。その代わり、いいこにしてなくちゃダメよ?」 「わかった! 永遠ね、いいこで待ってる!」 元気良く永遠ちゃんは言って、急に走り出した。廊下の奥、二階へと続く階段の所まで行ったところで、彼女はこちらを振り返る。 「ミサキ、こっちこっち! 病院の中、案内してあげるよっ」 「え? いいよわたし、適当にぶらついてるから」 「ダメダメ。迷子になっちゃうよ?」 どこまで本気なのか分からないが、永遠ちゃんはそんなことを言って来た。しっかしこの子、ホントに物怖じしないなー。初対面の人間相手にそこまでするかね、普通。まさかとは思うけど、病院に来た人全員に話しかけているんじゃないだろうな? 「迷子って……ああなるほど、いいこになるために早速善行を積むって訳?」 「うん? ぜんこーってなに?」 「説明するのマンドクセ。……ま、別に良いけどね」 時間が無い訳ではない。ちょっとくらい、永遠ちゃんに付き合ってあげても問題は無かった。それに正直な話、誰かが案内してくれるというのは助かる。いくら総合病院とはいえ、やたらと病室が多いのだここは。 それにしても。この子、病人にしてはやたら元気だな。縫いぐるみを抱いたまま階段を駆け上がっていく永遠ちゃんの後ろ姿は、まるで健常者そのものだ。本当はこの子、病気になんてなってないんじゃないか? そんな風に疑いながら、わたしも彼女の後に続く。 「あー、永遠ちゃん? 階段をそんな走って上がったら危ないよ? てか病院では走るなと親御さんに言われなかった──」 「ひゃう!?」 「……ほらね。言わんこっちゃない」 足を踏み外し、転げ落ちて来る彼女の背中を見つめて。 わたしは己が不運を嘆きながら、独り溜息をつくのだった。 あー。さすがに死んだかな、これは。 …………。 混濁する意識。 暗闇の中で、わたしはまた「彼女」に遭った。 「やは」 「やは、じゃないわよ!? 何やってんのよアンタわぁ!?」 とりあえず挨拶したら、何故だか怒られてしまった。えー? わたし、何か悪いことした? 「しょうも無い死に方しちゃって、幾ら戻れるからって油断し過ぎなんじゃないの? 大体最近のアンタはたるんでるのよ! 能天気に地雷原を突っ走っちゃって、見ているこっちがハラハラするわー! ──って。アンタ、アタシのこと覚えてるの?」 何か色々と文句を言われた後で、そいつはわたしの顔をまじまじと見つめて来た。信じられない、といった様子だ。 「覚えてるも何も、前に会ったじゃない?」 「いや、それはそうなんだけど……おかしいわね。まだそんな時期じゃないと思うんだけど?」 「そう言われてもねぇ」 時期とかどうとか、正直わたしにはどうでも良いことだ。わたしにはやるべきことがある。ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。 「とにかく、わたしは戻るわよ。こんな何も無い所でぐずぐず言ってても仕方ないしね」 「ふん。交代する気が無いんなら来ないで欲しいわね。いい? もう二度と、安易な死に方するんじゃないわよ? 今度来たら宇宙の果てまでぶっ飛ばしてやるんだから」 「オーケー。それじゃあ、またね」 そう言って、背中を向けたわたしの耳に、 「何よ、もう。またねなんて、来る気満々じゃないの……」 彼女の呟きが、やたらはっきりと聞こえて来た。 …………。 半欠けの宿命に従い、わたしは再び蘇生する。 「いたたたた」 どうやら階段の角で頭を強く打ったらしい。生き返ったは良いが、後頭部が酷く痛む。といって、どうせ傷痕一つ残ってはいないのだろうが。今感じている痛みとて、所詮は仮初のものに過ぎない。全く何も感じないと身体が混乱してしまうから、無意識の内に神経が信号を発しているだけなのだ。全ては錯覚、わたしは不死身。 ──わたしはそれで良いのだが。わたしの上に倒れ掛かっている少女は、そういう訳にもいかないだろう。べっとりとした血が手に付いた。いけない。早く手当てしないと、この子死んじゃう──。 わたしがそこまで思った、次の瞬間だった。 「……え?」 唐突に、わたしの手に付着した血が消えた。彼女はむくりと起き上がる。永遠ちゃんの身体には、傷一つ付いてはいなかった。 この現象。つい最近、どこかで見たばかりのような気がするのだが、わたしの気のせいだろうか。 「永遠ちゃん。まさか、あなた」 「んぅ……ミサキ……?」 自分でも呆れるくらい、声が震えていた。そんなわたしの様子を見て、永遠ちゃんはきょとんとした表情を浮かべていたが。 「……っ……!? うえーん、痛いよぉー」 突然、頭を押さえて泣き出した。時間差で来る、痛覚の錯覚。こんなところまで、わたしと同じ。 もはや、間違い無かった。この子は、わたしと同じなんだ。 「……半欠け」 痛みを訴える彼女の頭を撫でてやりながら。わたしは、今更ながらにその単語を口にしていた。できれば、認めたくは無かった。けれど、認めざるを得なかった。 生きることも死ぬことも叶わない、忌まわしい存在。彼女もわたしと同じ、半欠けなのだ、と。 仲間が出来た喜びなどは微塵も無かった。できることなら、他には居て欲しくなかった。永遠ちゃんを見ていると、嫌でも自覚してしまうから。彼女は鏡だ。わたし自身今まで目を背けて来た、残酷な真実を映し出す鏡なのだ。 ふと、あやす手を休めて二階を見上げると。 こちらをじっと見下ろしている、一人の少女が目に映った。 その瞳に輝きは無く、人形のように無表情で。 彼女は、初めて逢った時と同じ顔をしていた。 「美沙樹さん?」 彼女は、わたしの名前を呼んだ。何の感情も込められていない、冷たい声だった。 「……うん」 返事をするかどうか迷った。けど、結局わたしは彼女に応えた。 できれば、こんな形で再会したくは無かったのだが。 「お久し振りね。瑠璃ちゃん」 西日が差し込む病室の窓を背景に、わたし達は向かい合った。 BGMは永遠ちゃんの穏やかな寝息。泣き疲れたのか、彼女は病室に戻るや否やベッドに潜り込んでしまった。まあ、そのおかげで色々と込み入った話ができるようになった訳だが。 わたしが説明を終えると、対面の少女はふぅ、と溜息を一つついた。気だるげな視線がふらふらと宙を彷徨う。何だ、この娘も眠いのか? 「成る程。春夏さんの差し金ですか」 「いやまあ、差し金と言うか何と言うか。最初聞いた時は驚いたわよわたし。まさかあんたがはるなつーの従姉妹で、しかもるーたんの声優やってただなんてね。いやー、世界って存外狭いもんだねぇ」 「最初から全て仕組まれていたシナリオだったとしたら、納得もいきますよ。もっとも、まさかあの人が貴女まで担ぎ出して来るとは思いませんでしたがね。……後、るーたんのことはどうかくれぐれもご内密に」 ムーンちゃんこと瑠璃ちゃんはとても中学生とは思えない口ぶりでそう告げて、永遠ちゃんの方へと目を向けた。こちらは年相応のあどけない寝顔をしている──って、そう言えばこの子何歳なんだろう? どう見ても十歳以下にしか見えないが。 そんなわたしの思考を読み取ったかのように、瑠璃ちゃんは口を開いた。 「美沙樹さん。このヒト、幾つだと思います? ──今年で二十歳なんですよ」 「……嘘でしょ?」 わたしと同い年だなんて、幾ら何でも無理がある。本当はここぞとばかりに「嘘だッッ」ってツッコみたかったけど、呆れて声も出なかった。全く、つくならもう少しマシな嘘をついて欲しいものである。 でも瑠璃ちゃんは静かに首を横に振った。嘘偽りの感じられない真っ直ぐな瞳で、彼女はわたしを見つめて来る。 「私はあの人とは違います。これは真実です。証明する方法は幾つかありますが、そこまでしなくても貴女は信じてくれるはず。ねえそうでしょう、半欠けの美沙樹さん?」 「…………」 そういう、ことか。 「半欠けの時間は『亡くなった』時から止まっています。永遠さんの場合は、十数年このままの姿で変わらず居ることになりますね。言わば、年季の入った半欠け。ベテラン半欠けと言っても良いかも知れませんね」 冗談ぽく言いながらも、瑠璃ちゃんの眼は笑っていなかった。 「もしかしてあんた。この子を、消すために?」 「だとしたら、美沙樹さんはどうします? 私を止めますか? それとも、今のまま傍観者で居てくれますか?」 わたしが尋ねても、彼女は肯定も否定もしなかった。答える必要すら、無かったのかも知れない。分かりきっていたことだった。彼女はわたし達半欠けを狩る者なのだ。この病院に入院したのだって、本当は永遠ちゃんを抹殺するためだったのかも知れない。だからわざと子狐相手に不覚を取り、負わなくても良い傷を負った……? 「だとしたら、納得できないわね。だって順番が変でしょ? あんたはわたしをまず殺すべきでしょーが。何でここに居るわたしを放っておいて、先に彼女を消そうとするのよ? おかしいじゃない」 「それは」 言いかけて、言葉を飲み込む瑠璃ちゃん。今度の質問は答えにくい内容だったのだろうか? わたしとしては、頭に浮かんだ疑問を素直に口に出しただけなんだけど。 「永遠さんの場合は美沙樹さんとは違うんです。今すぐにでも消さないと」 「ゴボッ……ゴボッ」 またしても、瑠璃ちゃんは最後まで言い終えることができなかった。彼女の言葉を遮るように、永遠ちゃんが音を立てる。ゴボゴボと、口から大量の血液を吐き出しながら。その度に、彼女の小さな身体が大きく痙攣した。何度も、何度も。 「何、これ?」 見る見るうちに鮮血に紅く染まっていくシーツ。熟睡している彼女に、意図的にこんな芸当ができる訳が無い。大体、こんなに失血したら死んじゃうって。幾ら何でも。 「──永遠さんは心臓に重い病を抱えているんです。いえ、正確には違いますね。抱えていたんですよ、彼女が半欠けになる前に……既に」 ひとしきり血を吐いた後、永遠ちゃんの痙攣は徐々に小さくなっていった。やがて、彼女の時間が止まる。寝息一つ立てず、心臓の鼓動さえ聞こえなくなり。その時になって初めて、わたしは気付いた。このようにして、永遠ちゃんは半欠けになったのだ、と。 「ねえ。一つ訊いて良い?」 永遠ちゃんに布団を掛け直してやりながら。わたしは、瑠璃ちゃんに声を掛けた。自分でも意外に感じるくらい、落ち着いた声だった。 わたしの言葉に、瑠璃ちゃんは頷きをもって応える。良かった。どうしてもこれだけは、訊いておきたかったんだ。 「この子。永遠ちゃんは、知ってるの? その、自分の身体のこと」 「ええ」 「そっか」 「永遠さんにとって、自分以外の全ての人間は別種の生き物でした。誰一人として仲間の居ない、孤独な檻の中の世界。彼女は、本当の意味で自分の時間を止めてしまったのだと思います。彼女の精神は、いつまでも幼く無邪気なまま。何を思い悩むことも無く、何に失望することも無く。ただ、日々を笑って生きて居たかったから。 ……そんな世界に突然現れたのが美沙樹さん、貴女でした。自分と同じ、影の無い人が居る。貴女を初めて見た時彼女が何を思ったのか、私には分かりません。ただ、貴女は確実に彼女の精神に変化をもたらした。良くも悪くも。あるいは、永遠さんの時間は、少しずつ動き出しているのかも知れません」 「そうね。そうかもね」 永遠ちゃんがわたしに声を掛けて来た理由が分かった。わたしは半欠けの仲間なんて要らないと思っていたけど、どうやら彼女にとっては違ったみたいだ。 「参ったわね。そこまで知ってしまったんじゃ、傍観者で居られる訳ないじゃない」 「……では、私を止める、と?」 「そうね。あーでも断っておくけど、偽善とか同情とか、そんな理由で彼女を護る訳じゃないから。彼女に興味があるのよ、同じ半欠けとして、ね」 「すぐに後悔しますよ? 永遠さんは、一個人が背負うにはあまりに深い『業』を抱えてしまっている。言わば存在自体が罪であり、同時に罰でもあるんです。このヒトについて多くのことを知れば知る程、貴女はどんどん深みにはまっていくことになる。気付いた時には、抜け出せなくなっているかも知れません。貴女に、その覚悟がありますか?」 「上等。望む所よ」 わたしが笑ってそう応えると。瑠璃ちゃんは、「はあああああ」と盛大な溜息をついた。 「美沙樹さん、貴女は何も分かっていない。今のは最後の警告だったんですよ? 了承すると言うことは、今この瞬間から私と貴女は敵同士だと言うこと。全力で叩き潰しにいきますけど、宜しいですね?」 困ったように言って来る、彼女の顔には表情が戻っていた。良かった、いつもの瑠璃ちゃんだ。 「ふふん、言っとくけどわたしの隙を窺っても無駄よ? これからわたし、寝ずの番でこの子を護るんだから。二十四時間いつだって一緒。どうよ、羨ましいでしょー?」 「ぐっ……幾ら半欠けだからって、寝ずの番なんてできる訳ないでしょ……! ま、まあ良いです。貴女がその覚悟なら、私にだって考えがあります!」 捨て台詞を残し、病室を後にする瑠璃ちゃん。その頬っぺたがほんのり赤くなっていたように見えたが、わたしの気のせいだったのだろうか。 しかし。成り行きとはいえ、大変なことになっちゃったな。まさか瑠璃ちゃんを敵に回す時が来るなんて、思ってもみなかった。しかも、不眠不休で見張りだなんて。やったこと無いぞ。体力もつのか、わたしよ? 「ま……まあ。何とかなるでしょ……たぶん」 自信無く呟いた言葉は、本来独り言であったはずだが。 「ん……ミサキぃ……?」 どうやら、起こしてしまったみたいだ。血痕一つ残っていないシーツに、子猫のように丸くくるまり。彼女はその胸に、黒犬の縫いぐるみを大切そうに抱いていた。 「おはよう、永遠ちゃん。調子はどう? どこか痛いところとか無い?」 「ん。別に無いけど、どうしたの?」 「あ、いや、その」 きょとんとした顔で訊いて来る永遠ちゃん。そうか、彼女はわたしが瑠璃ちゃんから聞いたこと、知らないんだ。だとすると、この話題にはもう触れない方が良い。 「ね、永遠ちゃん。わたし、しばらくここに居ても良いかな?」 「え? でも、お友達が待っているんでしょ? 早く行ってあげないとかわいそうだよ」 「ああ、それは大丈夫。永遠ちゃんが寝てる間に会ったから」 嘘は言っていない。わたしは確かに瑠璃ちゃんと会話したのだ。……まあ、本来伝えるべき話からはだいぶ逸れてしまったけど……最後喧嘩別れだし。マズったかな? まあいいや。わたしは、自分がやりたいようにやるだけだ。選んだ道が間違っていようが何だろうが、それがわたしの人生なんだから。後悔なんて、してやるもんか。 「ミサキ、あたしと一緒に居てくれるの?」 「うん」 「ずっと?」 「ええ。わたしが飽きるまではね」 「飽きたら居なくなっちゃうの……?」 「うそうそ、冗談。ずっと一緒だよ。──まあでも、そうねぇ」 できれば、もう少しお胸があった方が好みかも。そう思わず口走りかけて、慌てて言葉を飲み込み。その代わりに、ぺたんこの永遠ちゃんの胸を撫で擦るわたしなのであった。ああー、あなたはー、悲しいくらいにまな板オパーイ。 「ひゃあっ!? な、何するのミサキ……くすぐったいよぉ……!」 「めんごめんご。いやー、堪能させてもらいましたよつるぺったん」 「もうっ……ミサキのバカぁ!」 「ギニャアアアア」 「えへへ。お返しだよっ」 反撃で脇の下をくすぐられ、たまらず悶絶するわたし。ああ、良いなぁ。たまにはこんな風に、エロ抜きで幼女と戯れるのも良いもんだなぁ……。しみじみそう思いながら、わたしは幸せそうに笑う永遠ちゃんの顔を見つめた。 この子は、きっともう長くはない。窓辺から差し込む斜光に照らされた彼女の姿は、どこか儚げで。漠然とした別れの予感に、わたしは胸を締め付けられていた。 今日の日記: 最近怒涛の超展開ラッシュが続いていたから、ここらで一つ骨休めってところかな? 原点に立ち返って、「半欠け」そのものについて言及しようって訳。 それは良いんだけど、この流れだと次回辺りで永遠ちゃん死んじゃうんじゃね? うがー、折角の貴重なロリ分がー!(死) それでは、明日に続くのだっ(はぁと) |