うらきょっ!

第二十三話「あなたの名前、何て言うの?」

 最初に、受け入れがたい現実が在った。
 次に、受け入れざるをえない悲しみに包まれた。
 いくつもの死。いくつもの命が、闇の中に散っていった。
 最後にはわたし一人、永久(とこしえ)に続く暗闇に取り残される……これまでもそうだったように。
「あー、もしもし? まだ生きてますかー?」
 だがしかし、今回に限ってわたしは独りではなかった。何も見えない闇の中に、わたし以外の気配が確かに生まれる。やたらのん気で耳障りな、どこかで聞いたような女の声。わたしの大嫌いなタイプの声が聞こえて、わたしは手で耳を覆った。そんなことをしても無駄だと、心のどこかでわかっているにもかかわらず、だ。
「ああ、死んでる? ならいいけどね、所詮アンタは代役に過ぎないんだから。
 死んだならもういいでしょ? いい加減、アタシと代わりなさいよね」
 そいつは自分のことを「アタシ」と言う。わたしのことを「アンタ」と呼ぶ。決してわたしの名前を呼ぼうとはせず、何故かそのことが無性に気に障った。
 わたしは自分のことを「わたし」と言うし、そいつのことを「あんた」と呼ぶ。だからわたしは、あんたと同じなんかじゃない。
 ──って言いたかったけど、うまく言葉にできなかった。呻き声と共に、わたしは胃液を吐いた。自分でも情けなく感じるくらい、無様な姿を晒してしまった。よりによって、この世で一番大嫌いなそいつの前で。だけど仕方ないのだ。思い出してしまったから。わたしにとって大切な人達が、惨たらしく殺されていく現実を。
「ふん。下らない。馬鹿じゃないの、アンタ?」
 案の定、そいつはせせら笑った。多分というか間違いなく、そいつもわたしのことが嫌いなのだろう。恐らくは、わたしが感じているのと同じくらいに。
「アンタ一人生き残って、これからは皆の分まで強く生きていかなくちゃいけない瀬戸際だってのに。何で無様に凹んでるわけ? 意味無いっつーか、はっきり言って時間の無駄よ? そんなのは生きてるって言わない。そんなのは死人だわ。見ててイラつく。ねぇアンタ、目障りだからとっとと死んでくれない?」
 だからこそ、ここまでの暴言を何の躊躇も無く吐けるのだ。そいつにとってわたしはゴミ以下の価値しか無く、それはわたしにとっても同様だった。わたしは、そいつが憎い。どうしてなのかわからないけれど、どうしようもなく怒りを感じるのだ。そいつと過ごす、一分一秒が憎い。わたしとそいつ以外誰も居ない、この世界が憎い。許せない。いや、許さない。
「何よ、その反抗的な眼は? この期に及んで、アンタはまだ抵抗を続けるわけ? ハッ、ナンセンス! いい? アンタは失敗したのよ? アンタは死んだのよ? なのにまだ生きたいと願う? 意味が無いじゃない。アンタの護りたかったモノは全部死んだ。消えた。消し去られた! 死んだのはアンタで、それはアンタの勝手だけど。アンタの居た世界もまた、アンタの所為で滅びたのよ。全部アンタの所為! アンタの存在が、その生意気な眼が見てきたモノを殺した! それがまだわからないの? ホント、救えない馬鹿ね!」
 いい加減腹が立ってきたが、わたしは返す言葉を持たなかった。そいつの言っていることは、悔しいが全て真実だったから。そして同時にそいつは、わたしが知らない別の真実についても知っているのだろう。だからこそ吐ける台詞。だからこそ説得力がある。
 しかし。ここに至ってわたしはあることに気づいていた。
 こいつ……泣いてる?
「ええそうよ、情けなくて涙が出るわ。何でアタシは、こんな生き方しかできないんだろうってね。アンタの所為よ、何もかも全部。なのに……何だってアタシが、アンタの分まで悔しい想いをしなきゃなんないのよ……ホント、もうしっかりしてよね。いつまでも死に続けていられると思ったら大間違いなんだから」
 そいつが何に対して憤りを抱いているのか、わたしにはわからないが。とにかく、そいつは悔しくて泣いているらしかった。でも、一体何に対して? わたしに対してか、あるいは別の、例えばそいつ自身に対してだろうか。そいつ自身って、わたしはそいつのことなど何も知らないのだけど──知らないはず、なのだけれど。
「はぁ。何か言ってて空しくなってきたわ。アンタには何を言っても通じないし、これじゃあアタシ一人空回ってるだけじゃないの。馬鹿馬鹿しい。
 まあいいわ。アタシに代わる気が無いんなら、さっさと復活しちゃってよ。これ以上今のアンタを見てるの、我慢できそうにないからさ」
 言いたい放題言って、結局そいつはいつも通りにわたしを送り返すつもりのようだった──って、何が「いつも通り」なのだろう? ふと過ぎった疑念は、突如として発生した光の奔流に飲み込まれた。まともに目を開けていられないくらいの強い光が、暗闇のある一点からわたしに向かって伸びてくる。それに伴い、わたしの周りに漂っていた闇が、次々と消滅していった。
「全く馬鹿よね、アタシも。毎回毎回、何も知らないアンタに付き合ってさ。ホンット、無駄な時間を過ごしたわ。予め言っておくけど、次は無いからね? って言っても、次来る時にはアンタ、全部忘れてるんでしょうけどね。あーヤダヤダ。いつまで続くんだか」
 やれやれと肩を竦めるそいつのシルエットが、白い光の向こう側に見えた。影だけで姿は見えなかったけど、わたしにとっては十分だった。そいつは、確かにわたしの眼前に存在していたのだ。そして多分、もうすぐ居なくなる。それは、ちょっぴり寂しいな。
 憎いけど、大嫌いだけど。散々罵倒されて腹立つけど、それでもやっぱり、消えちゃうのは悲しい……かな?
「は? アタシの名前? アンタ急に何言って──」
 シルエット越しでも分かる。わたしの言葉に、そいつは驚きを隠せないようだった。わたしだってびっくりだ。今までまともに喋れなかったのに、いきなり話せるようになったんだから。
「……まあいいわ。どうせアンタ、すぐに忘れるだろうけどね。そこまで言うなら、特別に教えてあげる。一回しか言わないから、聞き逃さないこと。いい?」
 今や太陽のように強くなった光が、そいつの後ろから発生していた。そいつのシルエットが、光に包まれ徐々に薄くなっていく。どうやら、別れの時は近いようだ。
「アタシの名前は」
 完全に消えてなくなる直前に、わたしは確かにそいつの名を聞いた。今まで聞いた覚えの無い、だけどどこか懐かしい、その名前を。

「さようなら。もう一人のアタシ」

 多分わたしは忘れるのだろう。
 そうなれば、そいつのことを知る人は居なくなる。
 わたしは忘れたくはない。できれば、覚えていてやりたかった。
 けれど、わたしは忘れるのだろう。これまでと同じように、わたしは喪失と忘却を繰り返すのだ。それは、逃れようの無い宿命。
 だからわたしはせめて、彼女のために別れを告げることにした。

『さようなら。××××』

 それから。またね。

 風雲激闘編 第弐拾参話「哀戦士リローデッド」

 目覚めると、そこはわたしの部屋ではなかった。
 カーテンに覆われ、朝日の差し込むことの無い暗く澱んだ部屋の中。パソコンのモニターから漏れる光のおかげで、かろうじて視界は確保できた。
 起き上がると、異臭が鼻についた。以前にも嗅いだことのある、むせ返るような悪臭。一人暮らしの男の体臭と気づくのに、そう長い時間はかからなかった。例えて言うなら、そう。人間の腐った臭い、だ。
 とはいえ、その辺に死体が転がっているわけではない。部屋の持ち主はちゃんと生きていた。まあ、ちゃんとと言うのは語弊で、かろうじて息をしている程度かも知れないけど。パソコンの前に座り、何やら熱心に作業してらっしゃるようだ。これは邪魔をしてはいけないな。彼に気付かれないよう、そろりそろりと部屋の外に出ようと試みる。
「うおっ!?」
 試みたは良いが、結局は徒労に終わってしまった。何かにつまづき、盛大な音を立てて転倒するわたし。ぐしゃぐしゃと床に転がる色んなモノを踏み潰してしまった気がしないでもないが、まあ不可抗力だったということにしておこう。部屋を片付けていない方が悪いのだ、裁判でもきっと勝つ……多分。
 ちなみに、わたしがつまづいたのはピンク色のローターだった。まあいわゆる一つの大人の玩具だ。詳しくは書かないが、形状等知りたい人はググると宜しいだろう。あ、でも十八歳未満のよい子は検索しちゃ駄目だよ?
「──って」
 さすがに咎められるかと思ったが、彼はまるで意に介していないようだった。わたしの方など見ようともせず、食い入るようにモニターを見つめている。一体何をしてらっしゃるのだろう、あの生粋の変態さんは?
「あれ?」
 そこまで思考が及んだところで。わたしは初めて、自分が彼の部屋で寝ていたことに気づいた。彼……そう。通称・包茎インポ君。わたしが名付けて、多分わたしくらいしか彼のことをそう呼ぶ者は居ない。というか、彼がわたし以外の人間と話してる姿を見たことが無かった。
 しかし、何故だ? このわたしともあろう者が、年頃の異性の部屋で無防備に熟睡していたなんて。ましてや相手は包茎インポ君。二次元にしか興味を示さない彼が、(主に胸部から腹部にかけて)どうしようもないくらい三次元体であるわたしを部屋に招待することなんてあるだろうか? 否、天地がひっくり返ったとしてもありえない。
 となると、わたしの方からやって来たことになるが、何でまた? 瘴気すら漂うこの人外魔境に出向く用事などは無かったはずだが、はてさて。
「……ま、いっか」
 何となくどうでも良いことの気がして、わたしは再び立ち上がった。床には色んなモノが散乱しており、足の踏み場も無い。この部屋から脱出するためには、まず足下のゴミを片付ける必要があった。
 しかし何だ? この、大量に転がっている空き缶は。見たところどれもお酒の缶みたいだけど。宴会でもあったのだろうか? いや、そんなことはありえないと断言できる。断言してから、ほんのちょっぴり悲しくなったが。
 それにしても、包茎インポ君が飲むにしてはやけに多い。大体にして彼が酒に強いとは思えない。偏見かも知れないけど、彼は下戸なんじゃないだろうか? だとしたら一体誰がこれだけの量を捌いたのか。
 ──考えるまでもない。この部屋には彼とわたし、二人しか居ないのだから。
「わたし、か」
 どうりで先程からほんのり頭痛がしている訳だ。これらは全て、わたしがこの部屋で飲み干したものだった。と言って、誤解しないで欲しい。わたしは普段から酒を飲む人間ではなく、また決して強い訳でもないのだ。
 空き缶の一つを手に取り、まじまじと見つめてみる。こうしていると、昨日の出来事が徐々に鮮明になってくるのを感じる。できれば忘れていたかった、あの忌まわしい記憶が。
 死は全ての人間に等しく訪れるというが、そんなのは大嘘だ。
「わたしは、逃げたんだ」
 死から逃げて、皆を見捨てた。その報いがこのザマだ。春夏の誘いに満足な返事もできず、燃え盛る喫茶店から逃げ出して。何かしらの救いを求めて、ここにやって来た。
 いや、正確にはそうではない。わたしは彼ではなく彼女を求めた。だが、彼女は居なかった。隣の部屋に住んでいるはずの彼女は、忽然と姿を消していて。
『美沙樹ちゃんへ。しばらく実家に帰省します。心配しないで下さい。薫子』
 そう書かれた紙を見つけた時、わたしは心から安堵すると同時に寂しく感じてもいた。これで彼女が事件に巻き込まれることは無い。登場人物として記録しない限り、物語は彼女に手を出せないはずだから。そう安心する一方で、わたしは抑えきれない孤独を感じてもいたんだ。だから、虚(うつろ)を埋めようと彼の下にやって来た。
 そこから先は覚えていない。記憶すらぶっ飛んでしまうくらいのヤケ酒だったのだろうと思う。意識を失うまで飲み続けて、しまいには眠ってしまって。それで起きてなお、忘れることができずにいる出来事があった。そこまでしたのに……悲しみは無くならないのだ。散々吐いたはずなのに、また吐き気が蘇って来る。わたしって、こんなに弱い人間だったんだ。
 そんな状態のわたしを前にしても、包茎インポ君は平然としていた。彼にとってはわたしも周囲の環境と同じ、無関心の対象でしかないのだろう。そのことは、現在のわたしにとっては唯一の救いと言えた。自分自身のことだから、リアルに想像できてしまう。昨夜のわたしが、どんなに乱れたのか。泣きついたと思うし、喚き散らしたとも思う。ひょっとしたら、彼に手を上げたのかも知れない。だけど、彼はそれを咎めなかった。いつも通りに無関心に、わたしが寝静まるのを待っていてくれたんだ。何も言わずに一夜の宿を貸してくれた彼には、感謝の念を抱かずに居られない。
 ……とはいえ。
「女の子一人泣かせて自分は一体何をやってんのよこの馬鹿ちん!」
 一人だけ落ち込んでいるのが何だか馬鹿らしくなって来て、わたしは手にした空き缶を投げた。狙いたがわず、それは彼の後頭部に命中する。さすがに痛かったのか、左手で頭をさする彼。だがその間にも右手は作業を続けており、こちらに視線を向けようともしない。ううむ、どこまでも無視を決め込むか。
 わたしが諦めかけた、その時だった。
「女の子? 雌豚の間違いじゃないのか?」
 酷く冷めた声が、わたしの耳に届いた。それが彼の声だと気づくのに、わたしは数瞬の刻を要し。気づいた時には、二個目の空き缶を投げつけていた。だが今度はかわされる。ちっ、惜しい! だが、まだだ! まだ諦めんよ!
「はん! ようやく反応してくれたわね? お姉さん嬉しいわぁ!」
「誰がお姉さんだ? この雌豚。肉便器」
 ぶんっ。ひょい。
「うっさい! あんたなんか包茎でインポテンツのくせに! いいからちょっとは慰めたりしなさいよね。ブロークンハートな女の子が居るんだからぁ!」
「生憎と三次元の物体を慰める趣味は無い」
 ぶんぶんっ。ひょいひょい。
「ふん。そんな自分だってわたしと同じ三次元の存在じゃないのさ。あんたがどんなに想いを寄せたって、二次元の娘は決して応えてはくれないのよぉ!」
 ぶんぶんぶんっ。がすがすがす──あ、当たった。涙目でこっち睨んでる。
「痛い……」
「当たり前でしょ、痛くしてんだから」
「ふざけんな。俺がお前に何をした?」
「何もしてない。だからよ」
「は?」
「わからないならもういい。説明するの面倒だし」
 ぽかんとする彼の顔面にトドメの一撃を食らわした後、わたしは片付けを始めた。「何だよそれ。訳わかんねぇ」とか何とか彼が文句を言っているようだが、軽く聞き流すことにする。気晴らしができた。しばらくはこの作業に没頭することができるだろう。その間は、何も考えなくて済む。
 結局のところ、わたしは逃げ続けているのかも知れない。悲しい想いに蓋をして、どこか遠くに封じ込めて。何を考えることも無く、また今までのように日々を怠惰に過ごしていくのだろうか。
 こんな日常が続くのなら、それも悪くないかも知れないな。そう思ってから、ふと気づいた。

 わたしは、彼の本名を知らないのだと言うことに。

「ねえ。一つ、訊いても良いかな?」
 自然と言葉が口を突いて出た。彼は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、頷いてくれた。
「あなたの名前、何て言うの?」
 当たり前のように言葉を紡ぎ、わたしは彼に問いかける。そんな当たり前のことが、以前のわたしはできなかった。けれど、今のわたしならば。そう思って、訊いてみた。
「言ってなかったか? てか、何で今更」
「今だからよ。いいから教えてちょうだい」
 わたしの返答に、ますます疑問の色を濃くする彼。無理も無い、自分でも何を言っているんだと思う。そう、何を今更。だけど、今のわたしには必要なことなのだ。これは失った日常を取り戻すための儀式。わたしにとって大切なものは何なのか、再認識するのに必要な儀式なのだ。
「………。プゲラ」
 なーんつってなー。「いかにも」厨房が好みそうな理由を取ってつけてみたはいいが、どうもしっくり来ない。大体にして、わたしは物語の主人公向きではないのだ。偽善的でもなければ、刹那的でもなく、ましてや自己犠牲なんて真っ平な性格してんだから。単純に説明できる代物じゃないし、キレイでもない。あまりにも複雑過ぎて、わたし自身自分が一体何を考えているのか把握しきれなくなっているのだ。何と言うタミフル。
 わたしのことはこの際置いておこう。割とどうでも良いことだし。それよりも彼だ。名無しの包茎インポ君。彼の趣味嗜好は別として、わたしは彼の生き方に好感を抱いている。極限まで三次元(すなわち現実世界)を排斥し、二次元世界と同化せんとする彼の在り方は悟りを開いた釈迦の境地に似ている。あ、さすがにそれは言い過ぎたか。要するに何が言いたいかというと、彼は「自分」というモノをしっかり持っていて、一つの「個」として独立してるってこと。一人の人間として、憧れに近い感情を持ったとしても不思議ではないだろう……さすがにそれも言い過ぎか。まあ好感っつっても恋愛感情のそれとはまた違うものだしねー。その辺勘違いしないでいただきたいものである!
「あんま言いたくないんだけどな……まあ、いいか。俺の名前は──」
 そんなわたしの思考を知ってか知らずか、包茎インポ君は答えてくれようとしていた。注目の瞬間だ。ここまで「引き」を作ってあげたんだ、これで普通の名前だったりしたらお姉さんマジでぶち切れるわよ!? などと、一人で勝手に緊張するわたし。そんなわたしの内心の想いをよそに、彼は至って普通の口調で名乗ろうとする。うれぇぇぇええっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! まだ心の準備というものがっ……!

 ぴんぽーん。
 その時だった。焦りまくるわたしを嘲笑うかのように、えらく間延びする音が聞こえてきたのは。
 ぴんぽーん。
 もう一回鳴った。そうだこの音は確か文明の利器、来客の訪問を家人に知らせてくれる装置が発する電子音だ。まあ要するにインターホンな訳だが。
 どうでも良いけど今回のわたし、やたらと厨臭いこと言ってない? 自分でもいい加減嫌気が差して来たんだけどさ。

 かのバビロニア皇帝はこう言ったものだ。
『居留守は万死に値す。故に我、ここに滅せん』
 皇帝は死んだ。何故だ? 坊やだからさ。

 三回目が鳴ったが、包茎インポ君は動こうとはしなかった。彼もまた、王の器ということか。平然と佇み、パソコンのモニターをぼーっと見つめている。単に放心しているだけとも言うか。仕方ない、ここはわたしが動くとしよう。
 四回目が鳴った。いい加減相手も諦めたら良いのに。内心苦笑しながら、わたしはドアノブに手を掛け──。
 次の瞬間。ドアごと吹っ飛ばされていた。

「おはろー。サトー君居るー?」
「………」
 ドアを蹴破った人物は、やたら軽い口調でそう言って来た。そいつに踏まれた状態のわたしとしては、声を上げることさえできずにいるのだが。人を足場にするのはやめて欲しいと切に願う。
 ──って、この声。それにこの戦闘能力の持ち主は──。
「あんれぇ? ミサキやん。そんな格好で何やってんのー?」
「わたしだって好きでこんな苦渋を舐めている訳じゃないわよ。つーか、たった今あんたにやられたんでしょうが。いいからさっさとどいてよはるなつー!」
「犯られたって、別にウチそんなエロいことした覚え無いけどなぁ?」
「字が違う──あれ、合ってるぅ!?」
 わたしのマシンガン下ネタトーク(自称)に平然とついて来られるこの人物こそ、我が旧友にしてエロゲメーカー「ナイトウィンド」の若き女社長、霧島春夏たんに相違無かった。渋々といった様子で、彼女はわたしの体から飛び降りる。さてははるなつー、わざとやりやがったな?
「ミサキは相変わらずアホアホさんやなぁ。まあ、そんなミサキがラブリーなんやけど」
「はいはいワロスワロス。リップサービス乙」
「あーん、ミサキのいけずぅ……って、そんなことは置いといてやなー」
 よっこらしょっと。一時期流行った「それは置いといて」の動作を見事に極め、春夏はようやく本題を切り出してきた。つーか、今の若い人達知らないんじゃないの? このネタ。
「何でミサキがサトー君の部屋に居るんー? あーもしかして、あんたらデキてたんか? だったら祝杯せなあかんなー、でもウチお酒飲まれへんねんー。お子様用のビールでもコロっと逝ってまうねんでー?」
「子供用ビールにアルコール入ってねぇし、ただのジュースだしアレ! つーかデキてもねーし。大体サトー君って誰やねんゴルァ!」
「わーん、ミサキが怒ったー。怖いーウチ帰るー」
「待てぃ」
 がし。どさくさに紛れて離脱しようとする春夏の肩を掴み、胸にしとけば良かったと微妙に後悔しながらもわたしは彼女を引き止める。
「何やねんミサキのアホンダラぁ。そんなすごんでもちーとも怖ないちゅーねん。ふええええん」
「でっていう。いいから質問に答えなさい。サトー君て誰よ? そしてあんたは、何のためにこの人外魔境に踏み込んだ? とっとと答えないと酷い目に遭わせるわよ、主に性的な意味で!」
「うがー。何かそこまで言われると、酷い目に遭わされたい気分になってきた……」
 オイ。それは人として終わってるぞ。背筋に空恐ろしいモノを感じつつも、わたしは一人トリップし始めた春夏を押し倒した。据膳食わねば何とやら、この好機を逃す手は無い。うへへへへ、いただきまーす。
「あの。俺の名前」
「空気嫁」
「俺の名前は……」
「空気嫁」
「………」
 何故かショボン(´・ω・`)とする名無しの包茎インポ君を完全に封絶(ふうぜつ)し、わたしは春夏とのめくるめくモエモエんな百合ワールドを展開するのであった。めでたし、めでたし。

 ………。

 んなこたぁない。

 本日の日記:
 包茎インポ君の本名が遂に発覚!
 木頭砂吐(きとう さと)。亀頭に非ず。
 友人達からは「サトー」と呼ばれているらしい。てか友達居たんだね……。
 何とも変な名前だが、何でも由緒正しい邪神の名から取ったらしい。何じゃそりゃ。
 まあ、本名が分かった所で、本編での活躍の場面が増える訳でもないんだけどね。つーか死ね。その分わたしの出番が増えるから(←外道)

 それでは、明日に続くのだっ(はぁと)

BACK HOME NEXT

inserted by FC2 system