うらきょっ! 第二十一話「──ネタは挙がってんねやで?」(後編) |
| その後わたし達二人は、文字通り全力でぶつかり合った。尤も、そのほとんどは中学時代のことだったが。誰彼がどこに就職したとか、結婚したとか、そういや同窓会出てねーなーとか、そんなとりとめのない話が続いた後。 うーんと背伸びをし、春夏はふと、思い出したように呟いた。 「しっかし、あれやね。どっかにええライターさん落ちてないかなー? そしたらウチも楽できるのにー」 「あほ。んなもん落ちてたらわたしが拉致るわよ。でもってわたし好みの創作をさせるの。世の中はピンク色で満ちているのよウケケケケ」 「ミサキは相変わらず頭ん中お花畑やねぇ。ある意味羨ましいわー。ある意味な?」 「ふふん。わたしの妄想力を侮るんじゃないわよ? 言っとくけど今こうしてあんたと話している間も、今日一日見かけたおにゃのこ達との酒池肉林プレイを繰り広げている最中なんだからね? 脳内でだけど!」 「ほうなんや? ミサキの頭ん中分解したらおもろいエロゲができるかもしれへんなぁー。ちょっとキケンな香りもするけど」 「うひひひひ! まあ、そんじょそこいらのエロゲメーカーでは絶対に実現できないような物凄いモノが出来上がることでしょうねぇ!? にょーほほほほほほ!」 「ふぅん? だったらミサキ、エロゲの脚本書いてみぃひん?」 それは、あくまで何気なさを装った口調だったが。 「……冗談、でしょ?」 「マジや、大マジ。なあミサキ。ウチの代わりに、書いてみぃへんか?」 春夏の眼には、真剣な輝きが宿っていた。あまりのことに、思わず絶句するわたし。 「ああ。仕事が忙しいんか?」 「い、いや、そういうわけじゃないんだけど」 そもそも仕事してねーし、大学だってロクに行ってねーし。ああでも、そう言って断るのも一つの手だったか? つかはるなつー。あんた本気で、わたしに脚本を……? 「ほなええやん! やろーや! な?」 「ちょ、ちょっと待ってよ!? 何でわたしなの!? 他に上手い人いっぱい居るっしょー!? つーか、小説なんて書いたことねーしぃいいいい!」 「書いたこと、無い? ホンマに?」 「無い! だからお願い、考え直して」 「──ネタは挙がってんねやで?」 「っ!?」 にやりと、満面の笑みを浮かべる春夏。愕然とするわたしの前に、彼女は一冊の大学ノートを置いた。 「これにはな、ミサキ。とある女子高生が書いた愛のポエムが、全ページに渡って綴られているんよ」 「な」 「あえて誰が書いたのかは言わんけど……あんたなら分かるよな? なあ、まじかる☆みさっちさん?」 それが止めの一言となった。がっくりと肩を落とすわたしに見せ付けるかのように、春夏はぽんぽんとノートの腹を叩いてみせる。 「意外やなぁ、ミサキもこういうの書くんやねー? てっきりエロい妄想ばかりだと思っとったけど、真っ当な純愛モノですよアナタ。 ただなぁ。この名前のカレってあれやろ? 某有名漫画に出て来る腐女子向けの」 「……もうやめてぇ!?」 これ以上昔の恥を曝されてたまるか。悲鳴に近い叫びと共にわたしは春夏の手からノートを奪い取ろうとしたが。普段は見せない敏捷さで、彼女はノートを鞄に仕舞い直してしまった。ち、畜生ぉぉおおおおおおっ!!! つーか、何であんたが持ってんのぉ!? 高校を卒業した時にまとめて全部焼却処分したはずなのにぃいいいいいいっ!? 「ま、そういうわけや。あんたのこの妄想力、眠らせておくにはちと惜しい。 これは友達としてではなく『ナイトウィンド』社長としての言葉やけど──どや? ウチと組まんか、ミサキ? 悪いようにはさせへんで」 わたしの動揺を見て勝利を確信したのか、春夏は改めて切り出してきた。わたしに働けと。エロゲメーカー「ナイトウィンド」のシナリオライターとして働けと……「まじかる☆みさっち」としての側面まで知られてしまったとなると、断るのは至難の業か。 かと言って、簡単に引き受ける訳にもいかない。何しろわたしの人生が掛かっているのだ。 「悪いようにはさせないって。具体的なメリットは?」 「事務所に泊り込むなら三食付ける。勿論家賃はタダや。そんでもってお給金は……こんなもんでどや?」 そう言って春夏は、名刺の裏に数字を書いて差し出してきた。 その金額たるや。わたしはどこのエースストライカーだ? と思わず自問したくなるような高配給であった。マジありえねー。 「これをベースに、ソフトの売れ上げに応じてプラスさせる。どや、悪ぅはないやろ?」 「いいの? 正直、わたしの文章にここまでの価値があるとは思えないんだけど。 あんたの言葉を借りるなら、その、自慰小説になりかねないわよ?」 つか、何でそこまでしてわたしを? 高校時代に書いた腐女子向けポエムを偶然見、何かしらの感銘を受けた、だけだとしたらあまりにもリスキーだし説得力が無い。わたしはこれまで、本格的に作品を仕上げた経験が無いんだから。単純にわたしより文章の巧い人なら、世の中には山のように居るだろうし。他に何か、理由がありそうな気がしてならない。 「ミサキは自分の価値をなーんもわかっとらんなぁ。確かに文章力だけ言うたらミサキはへっぽこかもしれへんよ? けどな、人の心を動かす物語ってーのは文章の上手い下手で決まるもんやないんや。ウチにはわかる、ミサキ、あんたは磨けば光る原石や。 て言っても、ウチの言葉じゃあんたには十分伝わらへんかもしれんなぁ。ウチが信じるウチになりたいように。あんたも、あんたが信じるあんたを目指してみたらどうや」 「ううむ。そ、そうなのかなぁ? わたしって才能あるのかなぁ?」 「ある。あるある探検隊や!」 びしっ。何を根拠にそこまで言えるのか、ポーズを決めて断言してみせる春夏。 つーか、それが言いたかっただけなんじゃ……。 未だ半信半疑のわたし。親友の言葉を信じたい天使のわたしと、「世の中そんなウマい話ある訳ねーだろヴォケェ! ちょっと可愛いからってあっさり騙されてんじゃねぇぞ!」などと罵る悪魔のわたしがせめぎ合う。 「まあ、他にも理由があると言えばあるんやけどなー」 と。イマイチ煮え切らないわたしの態度に業を煮やしたのか。春夏は悪戯っぽく微笑むと、一枚の写真をテーブルの上に置いた。 学生服姿の少年少女が、桜の樹の下に並んで写っている。誰も彼もが見覚えのある、ていうか懐かしい面子ばかりが揃っていた。 「これって、中学の時の卒業写真じゃない? これがどうかしたの?」 「覚えてるか? こいつ」 その中の一人を指差し、春夏は訊いて来る。覚えてるかって、そりゃあ、まあ。 こいつの顔だけは、どんなに忘れようと努力しても忘れられないだろうと思われる。 「キモ麻呂じゃない」 ネ●ミ男とス●夫を足して二で割った挙句に乳鉢で磨り潰したような面立ちと、その容姿に見合った狡猾な性格は未だ記憶に強く残っている。二十年以上生きてきたわたしだが、あのキャラのインパクトを超えるモノには未だ出遭えていない。 ……あー、いや。そんなことも無い、か? 最近変なのと絡むこと多いからなぁ、わたし。 「せや。中学生当時のあだ名はキモ麻呂。ミサキが命名したんやっけな? あんたの下でこき使われてたから、ウチにとっても印象深い存在や。 ほなミサキ。も一つ訊くけど、こいつが今どこで何やってるか知っとるか?」 「さあね。そこまでは」 「ふふ。やっぱり知らんのやな」 わたしの返答に、春夏は意味深な笑みを浮かべる。何だ? キモ麻呂の現状がわたしをナイトウィンドに誘う理由と何か関係を持っているというのか? 「キモ麻呂の現在の名前は『カウパー小次郎』」 「うあ。何そのキモいネーミング」 軽口を叩きながら。わたしはその名前に聞き覚えがあることに気付いていた。そうだ、あれはつい最近。確か、あれは── 「『りーびんぐ☆ねすと』のメインシナリオライターと同名や」 「……あぁあっ!?」 そうだ、カウパー小次郎と言えば「ナイトウィンド」と並ぶ新興メーカーの一つ、「りーびんぐ☆ねすと」のシナリオ書いてる人だ! てかわたし、あの人の小説持ってるよ!? って! そうだとすると、まさかわたしが信者になりかけてたのって……!? 「呼ばれて飛び出て即参上。この時を待っていたで下衆(ゲス)よお二方!」 確かに、この瞬間を虎視眈々と狙っていたのだろう。これ以上無いタイミングで、そいつはわたし達二人の前に現れた。 ネズミがそのまま進化したような顔立ち、鋭く吊上がった眼には丸眼鏡。いやらしく笑うその口元からは、ドラキュラのように犬歯が二本覗いていた。マッシュルームカットというのだろうか、キノコ型に整えられた髪は何故かピンク色に染められており、不健康に蒼ざめた肌の色と対照的だ。痩せ細った四肢はまるで老木の枝のようにクネクネと曲がりくねって伸びており、どこに関節があるのか分かりづらい。そんな彼が身に纏うは軍服。わたしは軍事に疎いのでどこの国のものなのかは分からないが、深緑色をしていることから陸軍のものではないかと思われる。何でそんなものを装着するのかは全くの意味不明だが。更にその上から赤マントを纏い、彼はいつの間にか敷かれていた赤絨毯の上を歩いてきた。 何と言うか、まあ。インパクトだけは認めよう。極めてシュールですけどね。 「キモ麻呂、アンタッ……!」 「ノン! ユーに虐げられた忌まわしき時代の名前はもう捨てた! 今の我輩はカウパー小次郎! 今世紀最高の天才シナリオライター、カウパー小次郎で下衆! 下衆下衆下衆!」 唖然とするわたし達を前に、独り哄笑するキモ麻呂ことカウパー小次郎。認めたくはなかったが、本人が登場した今となっては認めざるを得ない。 こいつは間違いなくキモ麻呂。そしてわたしは、こいつの書いた様々な作品に今まで魅了され続けてきたのだッッ……こんな奴の書いた話にッッ!!! 「下衆下衆下衆下衆! どんな気分で下衆か? かつて見下していた相手に、今こうして平伏す気分は! さぞかし屈辱的でしょうねぇ、下衆下衆下衆!」 「あほか! 誰がアンタなんかに!」 「ほほーう。ペンネーム・まじかる☆みさっちさんは我輩の数多い理解者の一人だったと記憶しているので下衆が、記憶違いで下衆かねぇ?」 「うっ!?」 そう言えばカウパー宛にファンレター書いたことがある!? それも複数回! ヤバい、全部バレテーラ!? 「下衆下衆下衆! 所詮ユーなど我輩の敵に非ず! 完全な敗北を見せ付けられたくなければ大人しくしていることで下衆ねぇ! 下ー衆下衆下衆下衆下衆ぅ!」 「くっ!」 何と言う屈辱! ここまで強烈な敗北感に包まれたことは未だ嘗て無い! しかもその相手が、よりによってキモ麻呂だなんてぇぇええええええっ! 得意げに笑い続けるカウパー小次郎。がっくりと肩を落とし、戦意を喪失するわたし。負けた。もはやわたしでは、こいつには勝てない。 ──諦めかけた、その時だった。 「いい気になってんやないで、キモ麻呂ぉ」 絶望的な状況下で、立ち上がった者が居た。彼女はカウパー小次郎に指を突きつけ、敢然と言い放つ。 「アンタがどんなに過去を捨て去ろうとしてもなー。アンタが生きて来た軌跡は、ウチらの脳内にちゃーんと刻まれとるんやで。つまりは、ウチらが生きている限り、アンタは永遠にカウパー小次郎にはなれへん。アンタはずーっと、ただ強者に依存して生きることしかできない臆病者のままなんや。 はっきり言うで? アンタはミサキには遠く及ばへん。どんなに傑作を生み出そうとも、決してミサキを打倒することはでけへんのや!」 彼女の名は霧島春夏。 中学時代の親友にして現「ナイトウィンド」の女社長。そして彼女は、東西きってのトラブルメーカーでもあった……。 今日の日記: 長くなったんで、途中だけど続きは次回。 この展開だとわたしの就職先は春夏のところで決まりか? 働くのマンドクセ(死) それでは、明日に続くのだっ(はぁと) |