うらきょっ! 第十九話「あまり気にしないことだ。気にするだけ疲れるから」 |
| 白濁神ペニッシュ襲来の翌日。 わたしは独り、郊外にある病院を訪れていた──まあ厳密には「一人」じゃないんだけど、ね。 「……ここに、あの子が」 薫子よりもたらされた情報が正しいのであれば。ここに、あの娘が入院しているはずなのだ。わたしの命を狙う暗殺者にして、大切な友人の一人でもある──。 「お久し振りの出番ね、ムーンちゃん。コンドームの準備は万全かしら?」 わたしがそう呟いて、独りポーズを決めた直後。 突然の爆発音と共に、わたしの身体は木の葉のように吹っ飛ばされたのだった。なんでぇ〜? 「セーラー服美少女天使! じぇのさいだぁ・るーたんここに参上ぅッ!」 虚ろな視線を爆心地へと向けると。何とも怪しげな格好(コスプレ?)をした少女が、手榴弾を片手に暴れていた。どうやらわたし、この娘の攻撃に巻き込まれてしまったらしい。 どうでもいいが、えらいノリノリだ。こういうノリは嫌いじゃないが、不意打ちを喰らうのは大嫌いなので近くの建物の陰に隠れることにする。くわばら、くわばら。 「天が呼ぶ地が呼ぶ処女(おとめ)が呼ぶ! わたしに穿てと輝き叫ぶぅ! ひっさぁつ、爆熱──」 「さっきからうるせぇぞ! 病院でガタガタ騒ぐなこのクソアマ!」 少女が手榴弾のピンを抜いた瞬間、彼女の頭をスコーンと空き缶がヒットする。哀れ少女は転倒し、直後の大爆発に吹っ飛ばされるのであった。南無ぅ。お星様になった彼女にしばしの黙祷を捧げた後、わたしは改めて病院の敷地内に足を踏み入れたのだった。 ──足を踏み入れた直後、一人の男性と目が合った。門のところに寄りかかって、こちらに向かってコーヒー缶を振ってみせている。白衣を着ていることから、病院の関係者には間違い無いと思うが。 「さっきの、あなたの仕業でしょ? お見事!」 「ふっ。何、大したことじゃねぇよ。それより早く入りな。奴が目を覚ます前に、な」 無精髭に甘いマスクを浮かべて、男性はぐびぐびとコーヒーをすすった。彼の慣れた様子に、先程の出来事が日常的に繰り返されてきたことを悟り、わたしは苦笑を禁じ得なかった。 「何つーか。ここ、ホントに病院? ああそっかわかった、頭の方の病院ね? さっきのかなりキテた娘も、患者さんで」 「まさか。患者なら火器の携帯なんざ許す訳ないだろ。あいつは、特殊なんだ」 「特殊、って」 「特殊は特殊さ。特殊看護戦士。ほら、あいつ言ってたろ? 自分のこと天使だって。つまりは、そういうことだ」 男の言い方は、どこか投げやりだった。気持ちは分からなくもない。特殊看護戦士って……そりゃまあ、看護は戦いだとか、看護婦さんのことを白衣の天使だとか言いますけどね!? それを地でいってどうするよ……。 「あまり気にしないことだ。気にするだけ疲れるから」 「まあ、それは、そんな気がするけど。もしかしてあんなのが他にも居たりしないでしょうね?」 「断言して良い。この病院広しと言えどあいつだけだ。どうも最近妙なゲームにハマってるみたいでな。公私共にモロに影響を受けてしまっているらしいんだ」 「へぇ……それはそれは……」 そのゲームが何であるか、おおよその予想がついてしまっている自分が悲しかったり嬉しかったり。複雑な心境のまま、わたしは男性に別れを告げた。こんなところで道草を食っている場合ではない。わたしの可愛い舎弟の一人が、今も怪我に苦しんでいるのだから。 「待っててねムーンちゃん。今度こそ!」 「ソ●モンよ、私は帰って来たああああっ」 「どわあっ!?」 天空から舞い降りる一つの影。わたしの目の前に、およそ優雅とは形容し難い轟音を立てて着地したもの。それは、先程の自称・セーラー服美少女天使であった! 「ふははははぁ! ここで会ったが百年目ぇ! 今日こそ決着をつけますわよミサキさん! おーほほほっ」 「どうでもいいけど……キャラ設定まで投げやりだなぁ、おい」 つーかわたし達、初対面のはずじゃあ? 懲りもせず再び手榴弾を投擲しようとする天使の顔面にハイキックをかましつつ、わたしはどうにかしてこの可哀想なお姉さんを攻略する術は無いものかと思案する。 「ぐっ……おのれぇ、必殺の爆熱ごっどふぃんがぁまで防がれるとはっ」 「どうでもいいけど、平仮名にしたところでパクってるのバレバレだからね? 一応、忠告だけはしといてあげるわ」 「ならば、これはどう? 超必殺・天使玉! オラに元気を分けてくれー! がらがらがらがら」 「それも残念ながら知ってるわ。てか、ばっちぃからやめなさい!」 わたしに向かって痰(たん)を吐きかけようとする(←汚い!)お姉さんの口を塞ぎ、コンクリートの壁に叩きつけると、ようやく彼女は大人しくなった。単に意識を失っただけとも言うが。……ああ、最近何かわたし、実力行使が多くなってるなぁ……知的かつ清楚可憐なイメージが台無しだわ。はぁ。 「も、もとから、そんなもの、ない──」 「やかましい! アンタにだけは言われたくないわ!」 ずこばこどがぐしゃ。てっきり気絶したとばかり思っていた自称・天使の暴言に、あらん限りの暴力をもって応えてから。 わたしは半死半生のお姉さんを引き摺り起こし、ムーンちゃんの病室がどこにあるか聞きだすことに、ようやく成功したのであった! ……そういやわたし、今までムーンちゃんの本名知らなかったんだなぁ。まあ、別にいいけどねー。 「霧島瑠璃(きりしま るり)」 病室の戸に、そう記入されているのを確認してからドアを開ける。ノックすべきか一瞬迷ったが、驚かせてやろうと思って何の合図も送らなかった。 果たして、ムーンちゃんは病室の中に居た。二つあるベッドの内の、奥の方に座っている。それまで本を読んでいたようだったが、わたしが入っていくと顔を上げた。突然の訪問、てっきり驚くものと思っていたが、 「あ、おかえりなさい」 と言って、彼女は再び本に視線を戻してしまった。……あれ? ちょっと拍子抜けしてしまう。 「あ、あのー。わたしよ、わたし。美沙樹、なんだけど?」 「はい、知ってますよ。随分長い外出でしたね。けど、無事に戻って来てくれて良かったです」 彼女は本から視線を上げないままそう応えた。それにしても分厚い本だな。国語辞典より厚いんじゃないか、ひょっとして? ……と思ったら、本当に国語辞典だった。 「あなたの趣味に、いちいち口出しするつもりは無いけどね。けどあえて言わせてもらうわ。何でまた、国語辞典なわけ?」 もう一つのベッドは空いていたので、そこに腰を下ろしてわたしは尋ねた。何だよ何だよ、折角人がはるばる見舞いに来てあげたってーのに! そんなに国語辞典が大事なのか!? 「勉強になりますから。語彙が広がって良いですよ? お勧めです」 「あっそ」 元より、その質問自体に意味は無い。それよりも、一つ分かったことがあった。 ……どうやらこの娘、わたしとこの病室の同居人とを間違えているらしいのだ。だからわたしが空いてる方のベッドに腰掛けてもムーンちゃんは何も言わなかったし、わたしが病室に入って来た時も驚くこと無く「おかえりなさい」と挨拶した。 けど、そんなことってありえるのか? いくらなんでも、わたしと他人を見間違うことなんて無いと思うのだが。 「えっと……その、瑠璃ちゃん? ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかしら?」 「いいですよー。何でも質問して下さい。こう見えても私、博学なんですから」 わたしが話しかけても、彼女──ムーンちゃんこと瑠璃ちゃんは、顔を上げようとしない。いつの間にかすっかりナメられちゃってるみたいだ……。 「じゃあ早速質問。あなたを病院送りにしたのはずばり、この娘ですか?」 そう言ってわたしが「それ」を投げ放った瞬間。 しゅぱぱぱぱっ。目にも留まらない速度で、瑠璃ちゃんの手が動いた。恐らくは「それ」に対するカウンターと思われるが、いかんせんわたしには、瑠璃ちゃんが何をしたのか目視することができない。攻防は一瞬で、「それ」は瑠璃ちゃんのベッドに届くこと無く床に落ちた。 「──って!? スイコたーん!?」 はっと気付き、わたしが慌てて床を見ると。茶色い毛玉が、全身包帯まみれになってじたばたもがいているのが目に入った。それが子狐の変わり果てた姿であると気付くのに、更に一瞬の刻を要するわたし。 「ふっ。二度同じ手は食らいません。小妖怪の分際でこの私に盾突くとは良い度胸ですが、所詮動物は動物ですね」 得意げに胸を張る瑠璃ちゃんを横目に、スイコたんを拾い上げると。何とも愛らしい子狐は、ぐるぐると目を回してわたしにしがみついてきた。はい、本日の萌え分補給完了! 「その狐は美沙樹さんの知り合いなのですか? ……まさかとは思いますが、貴女の差し金ですか? あれは」 「あー、いやいや。わたしはただ、スイコたんを拾っただけ。ここに持って来たのは、あなたに怪我を負わせたのがこの娘かどうか確かめたかったからなのよ。だからお願い、そんな怖い顔しないでぷりーづ!」 投げ縄のように包帯をぶんぶん振り回す瑠璃ちゃんの表情は、なかなかに鬼気迫るものがあった。とりあえず彼女の怒りを鎮めようと、わたしは気絶したままのスイコたんを布団の中に隠した。 「ああそうだ、そうだ! あのね瑠璃ちゃん、わたしあなたにお見舞い持って来たのよ! はいこれっ、今巷で話題の、ちょーながーいバナナッ!」 「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! 白濁神ペニッシュ、ここに見・参ッッ!!!」 「「………」」 途端。気まずい沈黙が訪れた。 「おおう、これはまたまた可愛らしい娘さんじゃのう! この香り、間違いあるまい──こやつは生娘じゃッッ! はっ、そうか! 今日という日のために、必死に貞操を守り続けてきたのじゃな!? 何と信心深い娘よ、どこぞの腐れマムコとは大違いじゃ! 良かろう! ではこのワシ直々に、お主の貫通式を執り行ってしんぜよう! なに、痛いのは最初だけじゃ、すぐに気持ち良くなる! 極楽に、送り届けてしんぜようぞー!」 奴が何か言う度に、ピシッと空間に亀裂が走るのを感じる。ああもう何か、色々と手遅れみたい。 わたしは早々に諦め、彼女の怒りがわたしに飛び火しない内に、そっと病室の外に出た。 その後何があったかは、わたしは何も見ていないし聞いてもいないから、語ることはできない。 唯一つ言えることは、白濁神の現れる所常に惨劇の舞台と化す、ということである。 ──ごめんね、瑠璃ちゃん。 「あ。スイコたん忘れて来た。 ……ま、いっかあ」 今回何か色々なものが犠牲になったような気がするが。目の前に広がるは、それら全てを忘れさせてくれる程に清々しい春の青空。小春日和に、柄にも無くスキップなんてかましながら、わたしは薫子の待つアパートへと帰って行ったのだった。 ちゃんちゃん。 今日の日記: それにしても、瑠璃ちゃんは誰とわたしを混同していたのかしらね? 気になるところだけど、今更修羅場の待つ病院に戻る勇気は無いし……。 ま、いっかぁ。 それでは、明日に続くのだっ(はぁと) |