うらきょっ! 第零話「この世界を、アンタに託す」 |
| 一寸先は闇とは良く言ったもの。 ついさっきまで馬鹿言って笑ってたアイツが、今はもう居ない。 アイツだけじゃない。あの子も、この子も、アタシの知る誰も彼もが。 消えてしまった。居なくなってしまった。皆が皆、まるで予めそう打ち合わせていたかのように、全くの同時に。 そうして、アタシ一人だけが取り残された。 「はぁ、はぁ」 何がいけなかったのか。 アタシは。アタシ達は、どこで間違えてしまったのか。 誰かを求めて歩き続けるアタシの思いを嘲笑うかのように、ぺんぺん草一本生えない荒野はどこまでも広がっている。この世界にはもう、生きている人間は居ないのだろうか。 いや、居ないはずが無い。だって、どう考えたって変だ。 これだけ長い間歩き続けて、誰一人の死体を見つけることもできないだなんて。そんなの、幾らなんでもおかし過ぎる。それじゃ、とても納得できない。 アタシが、この世界最後の人間だ、なんて。 「はぁ、はぁ」 歩き疲れて足を止める。本当は息を整える暇さえ惜しかった。今すぐにでも駆け出して、自分以外の人間を見つけたかった。けど、身体は言うことを聞いてくれなかった。口の中が焼ける程に喉が渇く。水。水が欲しい。 そうだ。アタシはまだ、生きたいと思っている。たった独りで荒野を彷徨いながら、押し寄せて来る不安に明日への希望をすり減らしていきながらも、まだ。アタシはまだ、生きることを諦めてはいないのだ。 「はぁ、はぁ」 そんなアタシの願いが通じたのか、目の前に青々とした水を湛えたオアシスが広がった。ああ、神様。最後の力を振り絞って、アタシは再び歩き出した。痛む足を引き摺りながら、骨と皮だけになった両腕を懸命に振るって。正にそれは、生死を賭けた行軍だった。止まれば死ぬ。生き延びたければ、前進するしか無いのだ。ただひたすら、希望へ向かって。 ──オアシスが消えた。 全ての希望が蜃気楼に過ぎなかったと悟るのに、そう長い時間はかからなかった。 今度こそ、アタシは立ち止まっていた。 もう二度と、歩き出せないと思い知った。 「はぁ、はぁ」 畜生めと毒づきたかったけど、とても言葉にはならなかった。ただ、息を吐いた。 終わった。終わってしまった、何もかもが。信じたくはなかったけど、もはやこうなった以上認めるしか無いのだろう。今、世界は死んだのだ。そしてそれは、このアタシの死をもって完了する。諦めるしか無かった。もうアタシには、ただの一歩を踏み出す勇気も残されてはいないのだから。 アタシは、死ぬんだ。 「はぁ……はぁ」 そう思うと、何故だか少し気が楽になった。そうだアタシは死ぬ。何も無理に生き続ける必要は無いんだ。それに死ねば、皆の所に行けるかも知れない。こんな苦しみからも解放されて、皆と一緒に──。 「何だ。まだ生きていたのか」 ……ぎくりとした。 心の奥底まで見透かされたような気がして、アタシは反射的にその声のした方向に振り返っていた。 「いや、違うな。お前は生きているんじゃない。お前は、独立した一個の個体という訳ではない。いわば、『それ』と同じ。取るに足らないモノ。 世界名『裏京都五式鬼録』。その、未練という名の残りカスだ」 そこには人間が居た。アタシの探し続けていた、人間が居た。 けれどそのヒトは、生きている訳ではなかった。と言って、死んでいる訳でもなく。 ただ、「そこ」に存在しているだけだった。 「…………」 今にも発狂しそうだった。いや、いっそ狂ってしまいたかった。狂気の世界に身を沈めることができれば、どんなに楽なことだろう。けれどアタシは、どんなに頑張っても正気で居るしか無かった。眼前の現実から、目を背けることができなかった。 「今、その未練を断ち切る」 無機質な声からは、一切の澱みも感情も感じられず。その言葉がアタシに向けられたものであるかどうかさえ、アタシには分からなかった。 理解できたのは揺るぎないただ一つの事実のみ。アタシという、存在の死。 ──一刀の下に両断される── ばらばらになった視界は、永遠に重なることは無く。 虚ろな瞳は、それぞれに世界の終焉を見つめていた。 カラミティ・ジ・アース。 13の魔(The Thirteen Fates)の一にして、「災厄の貴公子」と畏怖される「それ」。 アタシと共に世界の終わりを見届ける彼女の眼には、一体何が映っているのだろう。 裏京都五式鬼録 裏…都…式…録 裏………式…… ……………… …………… ………… ……… …… … 今、一つの世界が死んだ。 完全に、跡形も無く消滅した。 「アタシ」は消え去り。 その代わりに、「わたし」が生まれた。 うらきょっ! 第零話「後継」 現在(いま)ではもう顔も思い出すことはできないけれど。 わたしには昔、お姉ちゃんが居た。 現在ではもう、面影すらも残ってはいないけれど。 その事実だけは、忘れること無く覚えている。 仕事に家事に忙しい両親に代わって、お姉ちゃんはわたしの面倒をよく見てくれた。よく、悪いことをしてはこっぴどく叱られた。たまに良いことをすると、とても優しく褒めてくれた。そんなお姉ちゃんのことが、わたしは大好きだった。 なのに現在では、お姉ちゃんの名前さえ覚えていない。 二人だけで、遠出をすることがあった。お父さん達には無断の外出。わたしは初めて目にする世界に始終ドキドキしていたけど、お姉ちゃんはどこか懐かしそうに眺めていた。 お姉ちゃんは前にも来たことあるの? わたしがそう尋ねると。 「ううん、見たことは無いよ。けどね。どうしてか、こうしてると落ち着くんだ」 お姉ちゃんは笑って言った。青く澄み切った空のような、清々しい笑顔だったと記憶している。 お姉ちゃんは強い人だった。 わたしが近所の悪ガキ共に虐められていると、すぐに助けに来てくれた。 お姉ちゃんに敵う子供は居なかった。 だからお姉ちゃんは、わたしにとってのヒーローだ。 そうだった、はずなのに。 お姉ちゃんは時たま、人が変わったようになることがあった。知らない誰かのような顔をして、わたしの名前を訊いて来るのだ。 わたしが名乗ると、ハッとしたような表情になって。それから先は、いつものお姉ちゃんだった。 そんなことが、何回かあった。 ある日、お姉ちゃんがいつものようにわたしを連れ出した。 どこに行くのかと思ったら裏山だった。 何をするのかと思ったら、いきなり背中を突き飛ばされた。わたしは、崖から転がり落ちた。 痛いなんてものじゃなかった。けど、わたしよりもお姉ちゃんの方が泣いていた。突き飛ばした方が痛いなんて変なの。わたしが文句を言うと、お姉ちゃんはますます泣きじゃくった。ゴメンね、ゴメンね。何度も何度も、繰り返しそう言われた。 今にして思えば。お姉ちゃんはその時、わたしを殺すつもりだったのだろう。けれど、突き飛ばしてから後悔したんだ。 それから何日か、わたしは入院した。 お姉ちゃんが居なくなった。 わたしが入院してすぐ、失踪したのだという。家出したとも、神隠しに遭ったとも言われた。真相は謎のままだった。何しろ、当の本人が見つからないのだから。 お父さんお母さんは必死で捜し回った。勿論、わたしだって捜した。何日も、何日も。当てもなく彷徨っている内に、わたしはあの裏山に迷い込んでいた。 深い霧の中で、お姉ちゃんの姿を見たような気がした。 「正直に言うわ。アタシね、アンタが憎かった。この世界に来たのだって、元々はアンタを殺すためだった。……けど、アンタ達親子を見ている内に、何だか馬鹿馬鹿しくなっちゃってね。 アンタを殺したところで、アタシに還る場所ができる訳でもないしね。ただの復讐なんて、それこそアタシの柄じゃない」 不思議だった。あんなに大好きだったお姉ちゃんのことを、だんだん思い出せなくなっていた。それはお父さん達も同じなのか、遂には話題にも上らなくなり。やがてわたし達は、彼女を捜すのを止めた。 多分、妹が産まれた所為もあるのだろう。 「なら、この世界でこうしてアンタ達とお気楽に暮らすのも良いんじゃないか、とも思えて来た。危うく、目的を見失いかけていた。けど、それじゃダメなんだ。 やっぱり、アタシはここに居ちゃいけない存在なんだよ。戻らなくちゃ。どんなに辛くても、苦しくても。アタシ独りしか居なくなっても、それでもやっぱり、アタシは戻りたいんだ。 だって。アタシの思い出はあそこにしか無いから。たとえ世界が跡形も無く消し飛んだとしたって、それは何も変わりはしない。だからね……ミサキ」 わたしは現在、お姉ちゃんのことをほとんど覚えていない。 けど、お姉ちゃんの遺した最期の言葉は覚えている。 ばらばらになった身体。決して焦点の合うことの無い双眼で、それでもわたしを見つめて。彼女はこう言ったのだ。 「世界名・裏京都五式鬼録。 ──この世界を、アンタに託す」 強い願いの込められたその言葉。 それは、辞世の句というにはあまりにも力強く。 わたしは予感していた。 「それじゃまたね、ミサキ。 アタシが戻って来る時まで『よいこ』で待ってるのよ? でないと宇宙の果てまでぶっ飛ばしてやるんだから! ……ふふふっ」 彼女はきっと、いつか帰って来る。 わたしの。わたし達の世界に。 その時わたしは、笑って彼女を出迎えてあげられるのだろうか。 ──ちょっと怖い。 こうして。 彼女からわたしへ、物語のバトンは渡されたのだった。 第壱話へ続く エピローグ?:Confession 一体、どこまでが現実で、どこからが夢なのだろう。 もしくは、どこまでが夢で、どこからが現実なのだろう。 何も、分からなかった。何も、見えてこなかった。 目の前のことを受け入れる準備が、わたしにはできていなかったから。 やってしまった、ということ。 やらない方が良かったのではないか、という後悔。 だが、現実は確実に、存在するのだ。 どんなに、夢のように思えても。 どんなに、辛いことであっても。苦しいことであっても。 後戻りのできないことであったとしても。 大好きな人に、嫌われてしまったとしても。 わたしには、何もできない。謝罪なんて意味は無い。人の心はそんなに単純じゃない。一度嫌われてしまったら、もう終わりなのだ。終わってしまうのだ。それが運命なのだ。過去というものなのだ。 でも。 一言、謝りたかった。 意味は無いと思うけど。 死んで許して貰えるのなら、わたしは死ぬ。 嫌われたくないから、死ねると思う。 将来? そんなもの、要らない。わたしには、必要無い。 人に嫌われてまで、何かを得ようとは思えない。思わない。思いたくない。 でも、現実には、許されることではない。 死んでも、許されることじゃない。 人を傷付けることとは、そういうことなのだ。わたしだって、許せないかも知れない。死はむしろ、運命から逃げているに過ぎない。 だからわたしは、甘んじて受け入れようと思う。わたしを憎む、全てのものを。わたしを嫌う、全ての人を。 その上で、謝りたいのだ。 神はわたしのこの声を聞いて下さるだろうか。許して下さるだろうか。 ──決して、許しはしないのだと思う。 神様なんて、居ないから。わたしが信じていないから。わたしがわたしを許していないから。 許すだなんて、口先だけだ。心の奥底では、燻り続けている。 わたしは、わたしが許せない。 わたしは、わたしを憎む。 わたしは、わたしが嫌いだ。 ──殺してやりたい程、大嫌いだ。 わたしなんて、居なくなってしまえばいい。消えてしまえばいい。死ぬだなんて生易しい。生き恥を晒すだけ晒して、わたしの証をリセットしてしまえ。 消えてなくなれ。 ああ神様、わたしをお許し下さい。自分を好きになれないわたしを許して下さい。 どうか。 わたしの為に、傷付いた人々をお救い下さい。助けて下さい。お願いします。 ──懺悔します。 カラミティ・ジ・アースの前には、黙したまま何も語らない死体だけが残された。 未練という名の旧世界の残りカス。腐りきった膿。汚物。 そのような忌まわしい存在も今、脳天から両断され、ただのモノへと成り果てた。全ての罪を認め、甘んじて罰を受けたのだ。 結果、彼女は救われた。 「…………」 しかし、カラミティは違和感を感じずには居られなかった。旧世界は滅び、新世界が再構築されようとしているこの場所においてなお、「彼女」の存在を感じていたから。 死体が脈打ち始めた。大量の血液を吐き散らし、二つに分かれた彼女の腹が膨らんで来る。何かが生まれようとしていた。 「ありえない」 二つに分かれたままの顔。裂けた子宮の奥から二つの瞳が、真っ直ぐカラミティを見つめていた。 彼女は。いや。「彼女ら」は……何だ? 「お前達はそうまでして、運命に抗おうと言うのか」 ならば。カラミティは、己が身長程もある大剣を振り上げる。 「浅ましきその妄執。我が太刀にて断罪せん」 |