お嬢様は侵略者 その9『わたしと彼』 |
| 夢を見ていた。 懐かしい、宇宙を渡る夢を。 暗黒の遥か彼方に、紅く輝く星が在った。 その星から飛び立つ、無数の船団が見えた。 彼らは旅人だ。 これから宇宙の大海原を航海し、果てに安住の地を見出そうとする先駆者達だ。 かつて、わたしもそうだった。 彼らはどうなったのだろう。 恐らくはわたしのように、不時着した星で余生を送る羽目になった者も少なからず居るに違いない。 ◇◆◇◆◇ 夢から覚めると、そこは彼のベッドの中だった。 傍らで眠る彼の頬をそっと撫でても、彼は起きなかった。 皺(しわ)だらけの顔。昔はこうじゃなかった。もっとつるつるで、すべすべだったのに──いつの間にか、彼は年を取っていた。 もっとも、それはわたしだって同じなのだが。 「おはよう、ジェームズ。 今日も良い朝だぞ」 ベッドから身を起こし、彼が起きる前に移動する。 できるだけ朝日の当たらない場所へ、目立たない場所へ。 身を隠せる暗がりは、この家には幾らでも在った。 『おはよう、エリザベス。 今日も良い朝だね』 彼は目を覚まさなかったが、わたしには彼の声が聞こえた。 正確には、心の声が。 「起きたのか」 『うん。またあの夢を見てね。 面白かったから、君にも話してあげようと思って』 「例の夢、か」 最近、彼は夢を良く見る。 それは決まって、百年後の未来の夢。 この小さな美しい惑星が、異星人の手に落ちた後の世界だと彼は言っていた。 『彼女からの通信は、いつも実に臨場感のあるものだよ。 とても夢の中だけの話とは思えない。彼女は夢というツールを使って、この僕に確かな未来を伝えて来るんだ』 「彼女。例のメイドか」 『そうだ。君にそっくりな──』 「ごほん」 『……君に似た、可愛いお嬢様に仕えているメイドだよ』 彼はわたしが、他の女と比べられたくないことを知っている。 だから言い方を変えてくれたのだろう。 そんな彼の気遣いが、わたしには嬉しかった。 こういう所は、何年経っても変わらない。 『百年、たった百年だよ? 人一人が生き、そして死んでいく間に世界は劇的に変わるんだ。科学は今まで以上の速度で進歩し──そして未知との接触を果たす。 人間がどう足掻いても歯が立たない、神に近しき異星の存在。クトゥール人と呼ばれる彼らに、人類は星の支配権を譲り渡すんだ。 ああ、なんて魅力的な未来だろう? 宇宙は向こうから僕達に歩み寄って来てくれるんだ』 「だがそれは、お前達の種の緩やかな滅亡を意味している」 『それでも構わないさ。その点に関しては、彼女と僕の見解は一致しているんだ』 そう言って彼は、心の中で微笑んでみせた。 わたしには彼の考えが理解できない。 破滅願望がある訳でもないくせに、絶望的な未来を見せられてなお、笑っていられるなど。 そういう意味で、彼は狂っているのかも知れなかった。 『メイドである彼女は、別に僕達に警告するためにメッセージを送って来ている訳じゃないんだ。 ただの暇潰し。或いは、現在の自分の置かれている状況を面白可笑しく伝えたいだけなんだよ。 彼女は絶望も悲観もしていない。彼女にとってはそれが普通なんだ。だから僕は安心して笑っていられる』 「……そうか。まあ、わたしはお前さえ良ければ構わないのだがな」 朝日が顔に当たっても、彼は目を覚まさない。 きっと永遠に、目覚めることは無いのだろう。 けれど彼は幸せそうだった。 だからきっと、わたしが悲しむのはおかしいのだろう。 ◇◆◇◆◇ かつて、わたしは旅をしていた。気ままな一人旅だ。 元より、家族などは無い。 この惑星に来たのは、全くの偶然だった。 突然船体にトラブルが発生し、不時着を余儀なくされた。重力に導かれて、わたしはこの蒼き美しい水の惑星に辿り着き──そして、彼と出逢った。 最初、人間達はわたしの姿を見て怯えていた。 畏れはやがて憎しみへと変わり、彼らはわたしを殺そうとした。 わたしは逃げた。 途中で何人か誤って殺してしまい、ますます人間達は怒り狂った。彼らの執拗な追跡を何とか振り切った時点で、わたしは瀕死の重傷を負っていた。 雨の降る中、ボロ雑巾のように倒れているわたしを拾ってくれたのが彼だった。 『大丈夫?』 言葉の意味は分からなくても、彼がわたしを助けてくれようとしていることは理解できた。 だからわたしは彼の為すがまま、この屋敷に運び込まれた。 広い屋敷だったが、彼は独りで住んでいた。 他に話し相手が居ない所為か、彼は積極的にわたしに話しかけて来た。何を言われようとも、わたしには分からないというのに。 それでも彼があまりに一生懸命だったから、仕方なくこの星の言語を勉強することにした。 勿論、教師は彼一人だ。 幸いにも、この惑星の言語体系はわたし達のそれに比べて単純なものだった。数日も経たない内に、わたしはジェームズの言葉を解することができるようになっていた。 『君の名前は?』 「わたしの名前は」 彼の質問に応えかけて、この星の言語にわたしの名を表す術が無いことに気づいた。 わたしがそう告げると、彼は納得したように頷いた後、 『じゃあ君はエリザベスだ』 と笑って言った。 何でも、この国の偉大な女王の名であるらしい。 その他にも彼は色々な質問をして来た。 どこから来たのか。何をしに来たのか。何故倒れていたのか。いつまで居る予定なのか──それら全てに答える義務は無かったが、あまりにしつこく訊かれたので仕方なく応えた。 わたしに母星に帰る術が無いと知ると、彼はいつまでもここに居て良いと言ってくれた。 しかし彼の親切に甘えてばかりは居られない。わたしは母なるクトゥール星に向けて救助要請のメッセージを送った。 その後も何度も送り続けたが、母星からの返信は送られて来なかった。 だからわたしは、現在もこの家に居る。 年老いた、たった一人の家族と共に。 ◇◆◇◆◇ 地球人の平均寿命から言えば、彼はいつ死んでもおかしくない年齢だった。 一方のわたしは、まだ当分息絶えることは無い。 いずれ彼が死んだ後、遺されたわたしは独りで生きていくことになるのだ。何年も何十年も……それこそ、百年後の未来まで。 『ああ。僕も君みたいに長生きだったら、生きて彼女達に逢えるかも知れないのにね』 「彼女、彼女。お前はいつもそればかりだな。 そんなにあのメイドが好きなのか?」 『不服かい? だけど、叶わない片思いって素敵だろう?』 「……ふん」 もし百年後にメイドに逢ったら、有無を言わさず喰らってやろうと思った。 それくらいの嫉妬、許されても良いだろう。 『冗談だよ。僕が愛しているのは君だけさ。 できることなら、今すぐにでもこの胸に抱き締めたいよ』 「じゃあ代わりにわたしがやってやろう。背骨がへし折れるくらいに強く抱いてやる」 『あはは、謹んでご遠慮申し上げるよ。 ……ああ。また眠くなって来た。今日という日は始まったばかりだというのに……』 「わたしのことなら気にしなくて良い。お前が傍に居るだけで、わたしは十分幸せなのだから」 『ああ……おやすみ、エリザベス』 「おやすみ。ジェームズ」 しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえ始めた。 最近の彼はいつもこうだ。 夢から覚めても、直ぐに眠りの淵へと落ちていく。その繰り返し。今ではすっかり、現実よりも夢の世界で居る方が長くなってしまった。 もしかしたら、彼は。 百年後の未来に、わたしよりも一足先に行っているのかも知れない。 だとすれば、わたしは。 いつの日にかまた、彼と出逢うことができるのだろうか──。 ≪×××××≫ そんな風に考えていた時、頭の中をメッセージが過ぎった。 懐かしいクトゥールの公用語。 今まで決して届くことの無かった、母星からの返信が。 ……ああ、そうか。 わたしの所為だったのだ。 それまで存在すら知られていなかった、この地球という辺境の惑星が。 にわかにクトゥール人達の注目を集めることになったのは。 ◇◆◇◆◇ 交信が終わった。 結局わたしは、救助を断った。 それで地球侵略が食い止められた訳でもないだろうが、少しでも時間稼ぎがしたかった。 わたしはただ、彼とのささやかな日常を守りたかったのだ。 彼が亡くなる、その日が来るまで。 「──その日が来るまで。 おやすみなさい、ジェームズ」 西暦19××年○月△日。 二人の時間は終わり、地球人類種は新たなる局面を迎えることになる。 |