お嬢様は侵略者

その6『お嬢様と授業参観』

 前人類の皆様、こんにちは。
 本日は授業参観日です。

 お嬢様のご両親は例によって来られないとのことなので、代理として専属冥土であるわたしが出席することになりました。
 ……クトゥールの学校に赴くのは初めてで、少々緊張しております。緊張というか、生命の危機感がばんばんです。

 何とも名状しがたい奇妙な造詣の校舎の中に入りますと、途端にツンとしたアンモニア臭に似た香りが鼻をくすぐりました。どうやら校舎の壁一杯に塗りたくられている緑色の粘膜から発生している臭いのようです。

 もしお屋敷がこんなだったらわたしは二日ともたずに逃げ出していたでしょう。そんな風に思いながら足早に歩いていきますと、廊下の先にクトゥール人の成体が数人集まっているのが目に入りました。
 ははん。さてはあの人達は授業を観に来た父兄ですね。とすると、あそこが教室に違いありません。

『父兄の皆様、本日はお集まりいただきましてありがとうございます。
 それでは授業を始めたいと思います』

 やはりというか、そこは教室のようでした。
 わたし達人間と同じく、先生が教壇に立って、その前に並んで座っている生徒達に向かって授業をするシステムのようです。
 ……先程から”ようでした”、”ようです”と断言できないのは、そこに机も椅子も無く、生徒達がぶよぶよとしたゼリー状の物質の中に取り込まれているからです。幸い、父兄の方にはそんなものは用意されていませんでしたが。

 さて、お嬢様は──と、一人だけリボンを着けてるので直ぐに分かりました。向こうも気になっているのか、きょろきょろとこちらの方を見回しています。目が合ったので会釈しますと、安心したように頷きを返して来ました。

『じゃあまず教科書の19ページを開いて──田中君、読んで下さい』
『はい』

 意外にも(?)授業自体は普通に進行していました。台詞だけ抜き出すと、その辺にある学園モノ小説となんら変わりません。
 もしかしたら侵略の過程で地球の教育方法を取り入れた結果かも知れませんが、あまりにも普通過ぎて、かえって違和感を抱く程でした。

『──ではこの問題を誰かに解いて貰いましょう。
 分かる人?』
『はい!』

 お。真っ先にお嬢様が手(※触手)を挙げました。
 流石は聡明なお嬢様、他の生徒に遅れを取りません。

 問題は「元素記号でOは酸素、ではHは何を表す?」という基本的なものです。この程度の問題、お嬢様には余裕過ぎて物足りないことでしょう。
 さあお嬢様。ここはビシッと大衆に見せ付けてあげて下さい。格の違いというものを!

『ではお嬢様。答は何かしら?』
『はい。エッチ、それは”恋人と愛を育む行為”を指す言葉ですわ。更に言うなら”二人の愛の結晶を構築する行為”とでも言いましょうか。あまりにも神聖な行為故に、その詳細を記すことはタブーとされています。尤も、私は未経験ですので、具体的な内容については良く分からないのですが』

 …………。

 あー。そう言えば前に聞かれた時、そんな風に答えたことがあったような。え、だとするとわたしの所為ですか?

 自信満々に胸を張るお嬢様に対し、教室内の空気は完全に凍り付いています。生徒達の中には、真赤になって俯いている人も。
 無理も無いです、彼らの多くは第二次性徴を迎えたばかりの多感な年頃でしょうから。

 しかしまさか、いきなりやらかしてしまうとは思いませんでした。
 これは流石に、イメージダウンは免れないでしょう──。

『せ、正解!』
『ふふふ。当然ですわ』

 ……って、あれ?

『流石はお嬢様。完璧な回答をありがとうございます。
 皆さんが持っている教科書には”Hは水素を指す”とか訳の分からないことを書いていると思いますが、それは全くの誤回答ですので間違えないで下さいね。
 さあ皆さん、正解したお嬢様に拍手を!』
『わー。ぱちぱち』

 …………。

 何と言うことでしょう。
 イメージダウンどころか、お嬢様を讃える声があちこちで起こりました。拍手をしていないのはわたしくらいじゃないでしょうか。マジありえねーです。

『それでは次の問題です。
 2H2+O2=? どうなるでしょうかお嬢様?』
『簡単ですわ。先程の問題から答は自明。すなわち、愛の結晶が授かるのです。それが二つあるのですから、元気な双子の赤ちゃんですわ』
『正解!』
『わー。ぱちぱち』
『では次の問題──』

 ええと。
 もしかしてお嬢様って、馬鹿?

 疑問が確信へと変わるのに、そう長い時間は必要ありませんでした。
 次々に出される問題に、自信満々に答えるお嬢様。その回答のことごとくが本来間違っている筈なのですが、何故か正解とされていきます。

 成る程、分かりました。
 こういうのを、「創られたカリスマ」って言うんですね。


 ◇◆◇◆◇


 結局、お嬢様は一問も正解できませんでした。
 ……もとい、見事に全問正解されました。流石はお嬢様です。

『別に大したことじゃないわ。人の上に立つ者として当然のことよ。
 それにしても、教科書の誤回答が異様に多いのには驚いたわ。これじゃ皆間違った知識が増えていくばかりじゃないの。早速作り直させなきゃね』

 いやー、それはやめといた方が良いと思うのですが。心から。

『? どうして?
 ──って、もうこんな時間じゃない。早く明日の予習をしないと』

 あ、ちゃんと予習されてるんですね。
 予習してアレなんですね。重症ですね。

『そうよ。他の子に負ける訳にはいかないもの。
 きちんと……ふああ……予習を……しないと……』
「お嬢様?」
『すー、すー』

 …………。

 成る程。ようやく分かりました。
 いつもこうして、予習をしたつもりで寝ちゃってたんですね。
 流石はお嬢様、精神的にはとことんお子様です。

『むにゃ……いちたすいちは……』
「せっくす。せっくすですお嬢様」
『……せっくす……』

 ──あ。
 何か楽しいかも。コレ。


 ◇◆◇◆◇


 翌日。お嬢様はまた一歩、大人の階段を上られました。
 めでたし、めでたし。

BACK HOME NEXT

inserted by FC2 system