お嬢様は侵略者

その4『お嬢様とクリスマス(後編)』

 わたしにとって、クリスマスはあまり良い思い出がありません。

 何しろ物心ついた時には孤児院に居たものですから。
 ご馳走を食べたことも、プレゼントを貰ったこともありませんでした。
 ……ああ。一度シスターがサンタに変装して持って来たことがありましたっけ。てっきり泥棒と勘違いして、警察に通報してしまいましたけど……自分でも嫌になるくらい、現実主義な子供だったんですね。

 そんなわたしですから、クリスマスを心から楽しめたことなんて一度もありませんでした。
 だからか──少し羨ましいのかも知れません。
 サンタクロースの存在を信じ、彼の来訪を心待ちにしているお嬢様のことが。

『さあ! サンタさんに供物を捧げるわよ!』
「…………」

 行き過ぎた信仰は、時として狂気を孕むと言いますが。
 お嬢様の場合は存在自体が狂気の賜物なので、いつも通りであるとも言えます。

『何が良いかしら? やっぱり生肉かしら? 何の肉が良いかしら? 先住種族の肉かしら? どこの部位が良いかしら? やっぱり脊髄かしら?』
「……サンタさんはいつからサタン様になったんでしょうね」
『あら? サンタさんは魔王の親戚なのよ? だから誰にも気づかれること無く世界中の子供達に一晩でプレゼントを配るなんていう、大それた真似ができるんじゃない』

 まあサタンクロースのことはこの際置いておきましょう。
 それより、生贄なんて捧げなくてもサンタさんはプレゼントをくれると思いますよー? よい子にしてれば。

『そうかしら? サンタさんだってプレゼントを貰ったら嬉しいと思うけど? この寒い中わざわざ来てくれるんだもの、せめてものおもてなしはしたいのよ』
「……そうですか」

 そう言えば、外見とか生態とかですっかり誤解しちゃってましたが。お嬢様は、基本的にはよい子なのでした。たまに人食ったりしてますけど。
 ならば、プレゼントをあげない訳には参りません。早速材料の調達に行きましょう。


 ◇◆◇◆◇


 この時期はいつも商店街が活気付きます。
 冬休みの最中とあって、家族連れで買い物に来られている方も多く──物凄い地獄絵図が展開されております。

『ママー、あのお姉ちゃん美味しそー! ねえ、食べていい?』
『坊や。拾い食いしちゃダメって言ったでしょ? 野良には感染病を持ってるのが多いって言うし。食べるならちゃんと除菌処理したものにしなさい』
「…………」

 ま、負けるもんかっ。
 お嬢様の為とあらば火の中水の中突き進むのが冥土の本分。この程度の修羅場、乗り越えられずに何が冥土でしょう?

 そう思いながら歩いていて、人肉のコーナーに差し掛かりました。
 ──華麗にスルーしました。

 お嬢様は基本的にお子様なので、甘いモノや可愛いモノが好きです。見た目があんななので、ギャップが凄まじいですが。
 そんな訳ですので、食材は甘味のあるものが中心です。苦いのとか辛いのとか、酸味の強いものは厳禁。一度砂糖を固めてサッカーボール大にしたものをそのまま出したことがありますが、お嬢様は平然と完食されました。

 デザートはクリスマスらしく、ケーキにしましょう。
 お嬢様の大好きな、サンタさんの形をしたケーキに。
 それからプレゼントは……クマの縫いぐるみでしたね。
 作ったことは無いですが、まあ何とかなるでしょう。わたしは完全で瀟洒な冥土なんですから、できないことは無いんです!

 ……などと、考え事をしながら歩いていたのがいけなかったのでしょうか。

『ボク、やっぱり我慢できない! イッタダッキマースッッ!!!』

 先程のクトゥール人の坊やが、いつの間にか背後に忍び寄っていたことに全く気づかず。
 気づいた時には、わたしは押し倒されていました。


 ──ああ、お嬢様ゴメンなさい。
 今年はサンタさん、来られそうに無いです。


 ◇◆◇◆◇


 雪が降っていました。
 望んだ通りのホワイトクリスマスになった訳ですが、残念なことにわたしはもう死んでいます。両親と同様、クトゥール人の胃の中で、生きたまま溶かされて……。

『ねえ。プレゼント、貴女は何が欲しい?』

 ああ、お嬢様。
 そんなことは決まっています。わたしが求めるもの、わたしが欲しいものは──。

『……目が覚めた?』
「──はい」

 わたしは生きていました。
 そこはお屋敷の中。恐れ多くもお嬢様のベッドの中でした。

『ふふ。一緒に寝るのは何年ぶりかしら』
「あの……わたしは、どうして?」
『大丈夫よ。貴女は死なない。
 この私のメイドなんだから、殺させてたまるもんですか』
「はあ」

 何だか良く分からないですが、助かったみたいです。

『どこか痛いところは無い? 大体の処置は終わってるから、日常生活を送れる程度には回復してると思うんだけど』
「はい。少し頭がぼうっとしてますけど、特に問題は無さそうです」
『そう。良かったわね』
「ところで……今何時ですか?」
『12月25日0時10分。クリスマスイブは終わったわ』
「そう、ですか」

 サンタさん、来なかったですね。

『いいえ。サンタさんは来たわ。
 プレゼントだって残してくれた』
「……そう、ですか」
『私にとってはかけがえの無い贈り物よ。
 メリー・クリスマス。私の大切な人』
「メリー・クリスマス……お嬢様」

 そう言えば、昔はこうしてお嬢様と一緒のベッドで寝ていた気がします。

 最初は、お嬢様が嫌いでした。わたしの両親を殺したのは、他ならないクトゥールの人達でしたから。
 でも、いつの間にかお嬢様のことを慕うようになっていました。わたしと一緒に居てくれるのは、お嬢様だけでしたから。

 ──ああ、そうか。
 きっとわたしも、お嬢様と家族になりたかったのでしょう。


 願いは叶えられました。

 ケーキも無くご馳走も無いクリスマス。
 だけどわたしは初めて、幸せを感じていました。

 温かい、お嬢様の胸の中で……んん?
 温かく……ない……?

 悲しいかな、お嬢様はやっぱり蛸の仲間。
 その身体は冷たく、火照ったわたしの身体を優しく冷やして下さいました。


 前略。前人類の皆様方。
 メリー・クリスマス。

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